---2021年、東京。

酒気を帯びたサラリーマン風の男は、今にも閉じてしまいそうな目を
自らの意思であらがいながら、薄暗い街頭をおぼつかない足でうつむき加減に
歩いていた。

『ドンッ』

男は頭に何か当たる感触を覚えた。どうやら人の胸にぶつかったらしい。

「あぶねぇだろ、この野郎」

と男は文句を言いつつ顔を上げた。

眼前には瞳孔を開き、よだれを垂らす異様の貌をした男が立っていた。

「ウジュルウジュル・・・」

その男は不気味な口蓋音を立てたかと思うと、酒気を帯びた男の首筋に突如噛み付いた。

「ぎゃあああああああ!!!!!」

『ブシャブシャ!!!』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

            ブラッド・オブ・ザ・デッド            

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第1話 黄色き瞳

『ジリリリリリン!!!』

目覚まし時計がけたたましく、鳴り響く。針は7:00を指していた。
「うっせーなー!!」
俺は時計を手にとるとそれを壁にぶん投げた。
ドガシャ!!』と音を立て時計は音を立てるのをやめた。

ちょっとして俺は目を覚ました。
クローゼットからシャツを出し、ネクタイを締める。
リビングに行って顔を洗い、歯を磨く。
トースターに食パンを入れ、コーヒーを沸かす。
その間の待ち時間、ラッキーストライクに火をつけ吸う。

「ふぅ」

このような一連の作業も2週間前の大都市崩壊がなければ
母親がやってくれるはずだった。

―1カ月前

巨大隕石が大都市新宿に墜落した。
隕石は新宿都庁に落下するとその衝撃で爆発し、破片は岐阜県まで飛び散ったという話だ。
状況は広島に投下された原爆に似ており、その隕石が含有していた正体不明の放射能
を浴びると建物は無事なものの生物だけが変死したのである。
地下にいた人間も死亡した。衝撃波はあらゆる物体を通り越したのである。
しかし調査の結果、核物質は検出されなかった。
爆心地であった新宿都庁は塵と化した。
その衝撃波は新宿区全土を覆うほどであった為、新宿の人々は死滅した。
人々はかつて新宿であったその場所を『崩壊都市』呼ぶようになった。

俺はテレビをつけながらできあがったトーストにハチミツをつけ口に運ぶ。
「以前、崩壊した新宿は復興のめどが立っておらず、
 自衛隊などは被害者の救出に全力を注いでいます。ですが生存者は絶望的と・・・」
女性アナウンサーがそういいかけたところでテレビの電源は切られた。

「・・堕ちる前から崩壊してたくせに」

タバコを灰皿で捻り消すと鞄をしょって家を出る。
そして愛車のビッグスクーターフォルツァ(イエローカラー)にエンジンをかけた。

俺は新宿区の外れにある大学に通っている。
大学は毎日のように大都市崩壊の話題で持ちきりである。
新宿が壊滅しても人というものは不思議なもので2週間もすればその状況に慣れ、秩序を取り戻しつつあった。
「出席を取るぞ・・・」
とは言っても生徒のほとんどは欠席である。理由は死亡または新宿に近寄るのが嫌だ、という理由だ。
「えー…甲 焔二(こう えんじ)」
俺の名が呼ばれる。
「うい」
「今日は……13名か…」
休む教師も居りとても授業にはならず午前で学校は終了した。
幸いというのかどうかその死亡した生徒の中に取り分け仲の良い奴はいなかった。

午後、学校が終わると仲の良い沢田と松尾と途中までバイクで帰る。
沢田はロードスター、松尾はマグザムだ。
「今日バイトだ だりぃ」
松尾が言う。
「俺も早くさがさねーと」
二人は上京し、一人暮らしをしている。
沢田は以前のバイト先で店長を殴ってクビになったらしい。

3人は学校のそばの空き地にバイクを停めていた。
「俺のマグザムちゃ~ん」
松尾はサドルに頬をスリスリしながらそう言う。
松尾はお調子者の性格であり、ムードメーカーだ。
髪は頭の半分が坊主、半分が長めの髪型。
「それ、盗んだ奴だろーが」
沢田が言う。沢田は長身で普通の生徒に比べればワル寄りの男だが
不良という程でもなく明るい男である。だが怒らすと恐い。やくざもちびるような男に豹変する。
なんつーか目がヤバイ。この前も教師を殴って謹慎を食らったばかりだ。
これには教師達も「あの沢田が」という感じで驚いたらしい。
理由は体育の授業の時、風邪で薬の飴を舐めていたら問答無用に教師に殴られたからである。
おかげで体育教師は病院送りになってしまった。
沢田曰く「顔が気にくわねーからせーせーした」そうだ。

「おめーもだろーが!」
沢田の言うことに松尾がすかさず突っ込んでやった。
「まあ…俺もだけどな…」
3人の乗るその3台のバイクはそれぞれ隕石が落下した2日後に新宿でパクッていた。
いわゆる火事場泥棒という奴である。

3人は無人でガラガラになった新宿の道路を走る。

そして交差点でそれぞれの岐路に向かい分かれた。
沢田と松尾は一人暮らしをしていた。
「じゃあまた明日な!!」
「おう!!」

『ヴウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン』

環状線を走る途中、エンジン音の影で何か声が聞こえた。
俺は思わず声のするほうを振り返った。男が必死に走っていた。
そのすぐ後ろをサラリーマン風の男が物凄い形相で追いかけている。

「なんだ・・?」

「うううううううばああああああああああああ!!!」
声の正体はそれだった。サラリーマン風の男が寄生を発している。
俺は尋常じゃない様子に思わずブレーキレバーに指を掛けた。
「おいあんた!!どうした!!?」
「た、助けてくれ!!」
追いかけられている男は泣きながら助けを求めてきた。
俺はバイクの後輪だけをサイドに滑らせ、ドリフトをした。
そしてサラリーマン風の男の元へ方向転換し、発進する。進路を塞ぐためだ。
『ヴウウウウウウウウウウン!!!』
しかしあろうことかサラリーマン風の男はこっちに向かってきた。
「おいバカ!!」
衝突する寸前で俺はバイクを飛び降りた。
ドガッシャアア!!!』
バイクはサラリーマン男に正面衝突し、吹き飛び地面をスピンする。

「………ぐ…」

右腕をモロに地面にぶつけた。
「だ、大丈夫ですか…!?」
逃げていた男が駆け寄ってくる。
「なんとかな……バイクはオシャカになっちまったが」
「助けてくれて……どうも助かりました…」
「同じこと2回言ってんじゃあねーかそれ」
男は見たところ20代後半か前半である。
「あ…俺としたことが…テンパっちまって……」
「あの男は?」
「死んだんじゃ…ないのかな……」
「言っとくがありゃ事故だぜ?ぜってー言うなよな。助けたんだしよ」
「あ…あ、うん 言わない言わない」
俺は体を起こして座り込む。
「なんあんだあいつ・・ありゃまともじゃねーよ」
「俺もわけがわからなかった…いきなり…襲ってきたんだ…」
「いきなりだって?……あんた矢崎さんていうのか」
俺は男の服についていた名札のようなものを見てそう言った。
「あ…うん。貿易会社に務めるしがないサラリーマン。あの隕石が近づいてくるって速報流れたろ?
ちょうど本社が新宿にあったもんだから会長だけ遠くに逃げてね…会社は今日…辞めてきたんだ…」
そう言って名札をむしり取って地面へ投げつける。
「へぇ…大変なんスね…俺は甲 焔二ってんだ」
「コウエンジ…?どこかで聞いたことあるような…」
「ああ駅名でしょ?…会う人会う人に言われるよ。オヤジも変な名前つけてくれたもんだぜ…」
俺上を見て遠い目をした。オヤジとは幼いころの記憶しかない。
小学校のころ蒸発しやがって今は連絡が途絶えている。
「親父の苗字が高円寺っていうんスよ…で、そっから3文字とってエンジにしたらしーんだが
 お袋の苗字が甲っていうんス…まー婿養子って奴なんスけど名前は籍いれる前から
 決めちゃってたらしーんでよー。そのまま付けたって話だが…普通かえるよな…」
そう言って矢崎を見る。
「……………」
矢崎は何かを見ながら固まっている。
「…どうしたんすか…?」
俺もその方向に目をやるとさっき轢いた男がよろよろしながらこっちに向かってくる。
「ギィエヤ~……」
俺はまずあの男が起き上がったというより、男のイッちまってるその表情に生唾を飲んだ。

第2話 逃走

俺はとりあえず右腕を押さえながら立ち上がる。そこへ電話がかかってきた。
画面には沢田と表示されている。
「おい、テレビ見てるか!?」
「いや、見てねーが」
「早く見ろよ!なんかさ、目が黄色くなった人間がよー人々を襲うっていう速報やってんだ」
「!?」
「でな、黄色い目のもの同士は襲わないらしい…なんだよコイツら~…
 写ったっ写った!!豊島区上空だって!!お前豊島区だろ!家にいんなら早く逃げろ!!
 うわ練馬もヤバイらしい!」
辺りを見ると左後方建物の角からゾロゾロと人が歩いてくる。
よく見ると目が黄色い。
二人の今現在いる場所は豊島区をちょっと入ったところである。
俺はポロッと携帯を落としたが地面に落ちる前にすかさず拾って、矢崎に尋ねた。
「お、おい!あんた早く来い!!」
「ど…どうかしたのか?」
「奴ら人を襲うらしい!!」
「な…何だって!?」
「おい…何があったエンジ!!おい!!」
携帯から沢田の声が漏れる。

≪ギャア――――――――――――――ッッ!!!!!!!!≫

左のほうの人間が群れで奇声を上げて走ってくる。
「ひ、ひぃ―――!!!」矢崎が叫ぶ。
「こいつぁヤベーぜ・・」
俺はバイクの方へと走る。皮肉にもバイクは左の方に転がっていた。
急いでバイクを立てるとエンジンをかける。
『ヴウウン!!ヴウウウン!!』

≪ギャア――――――――――――――ッッ!!!!!!!!≫

尋常ではない空気を醸し出す男たちはもう、10メートルくらい後ろに迫っている。
まるで映画の『ゾンビ』じゃねーか。だが違うのはゾンビよりも全然すばしっこい、こいつらは。
「早く乗れッ!!」
矢崎を後部座席に乗せ、バイクを発進させる。

≪シギィ――――――――――――――ッッ!!!!!!!!≫

群れの一人に襲われるすんでのところで回避した。
「なんなんだアイツら!!!」
バイクのスピードメーターは100キロを超えている。
『ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!!』
俺は前方に今、最も目にしたくないものを見た。
「ウソだろ・・・」
さっきよりも更に大勢の人間がゾロゾロといやがる。
「豊島区ん中はやべえ!!…てことは家に帰れねえじゃねえか!!」
家は豊島区にある。俺はバイクを急停車させ、細い路地のような道へ入って
新宿方面は向かう。そこへまた電話がかかってくる。
「わりいけど出てくれ!」
「あ…うん…」
矢崎はポケットを漁って電話に出る。
画面には「沢田」と表示されている。
「もしもし?」
「もしもし…ってあんた誰だ?」
「あ・・・俺はエンジくんに助けられた矢崎っていいます。
 今その、エンジくんが運転中で俺が話してるんだけど…」
「助けられた…ま、まさかあの黄色い目の奴らに襲われた!?」
「そうそう!!知ってるのか君!?」
「ああ…ニュースでどこ回してもやってた…俺のいる練馬もやべーから
 今家でたんだけど…今どこに向かってるんです?」
矢崎は辺りを見回す。
丁度道路の看板に「新宿まで1キロ」というのが見えた。
「今は新宿方面に向かって走ってる」
「そうスか…じゃあ俺も新宿に向かいますわ…エンジに「東口」で落ち合うよう
 伝えといてください」
「あ、わかりました」
そう言って電話は切れた。
矢崎は俺に電話の内容を伝えた。
「そうスか…俺もそのつもりだったんでちょうど良かったぜ…」
俺は呟いた。東口アルタ前広場は3人が待ち合わせのときよく使う場所だった。

矢崎は大通りを走っていた。
車もかなり走っている。この中に報道を聞いたものはどれくらいいるのだろうか?
通りのラーメン屋から男が奇声を上げて道路に飛び出して来るのが見えた。

「何が起きてんだ・・・?一体・・・」

―俺たちは東口についた。
アルタ上の大画面からはニュースが流れており、二人は釘付けになっていた。
エンジはシャツの胸ポケットからタバコを取り出す。
「吸う?」
「あ・・今禁煙してるんだけど…もらっていいかな?」
矢崎はタバコを一本取る。
「ライター…いいかな?」
ライターを貸すと矢崎は火をつけて吸い出した。
「あ~旨い・・」
俺は思いついたようにおもむろに電話をかける。
8コール目でようやく出た。
「松尾か」
「おおエンジ!今手が離せねえんだ!!」
電話口からはバイクで走ってるであろう音が聞こえる。
「今バイク乗ってんだな?ニュース見たんだな?」
「そうだ!!おめーは見たのか!?うわ、あっちにもいるぅ!!」
「いるって、黄色い目の奴らか!?」
「そおだよ!!こええよ!!俺どおすりゃいいんだよ!!」
半泣きの松尾。
「新宿東口に来い!!沢田と待ち合わせてる!!」
「マ、マジか!!すぐ向かう!!」


二人が着いてから15分ぐらい経過した頃、沢田が到着した。
沢田は肩に傷を負っていた。タンクトップで露呈していたのですぐにわかった。
「おめー血が出てるじゃあねえか」
「ったくよー 走ってたら急に横から飛びついてきて…噛まれた」
「噛まれた?」
「ああ、振り払ったけどよー…あのダボが!!」
『ガッ!!』
そういって持っていた鉄パイプを地面に叩きつける。
「どうしたんだそれ?」
「これか?近くの工事現場に落ちてたから拾ったんだよ。武器として使えるぜ」
「殴ったのか?」
「ああ、路地からいきりなり飛び出してきてよ―。ガツンとかましてやったぜ」
その時、矢崎が口を開く。
「あの電話の子、来ないね」
「電話の子?松尾のことか?」
沢田が言う。
「ああ…電話してみるわ」
そういって俺は電話をかけようとした時、近くでバイクの音が聞こえた。
『…ゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウン』
「噂をすれば影か」
松尾は到着するやいなやこっちに駆け出した。
「うお~~~~~~~~い!何なんだあれ!?」
「知らね―よ― ニュース見たんだろ―?」
「見たけどよ~ 何がなんだかわかんねーんだよ~」
「ああ 宗教団体とかよ― 不況で暴徒化した集団がどーたらこーたら言ってたけどよ~ ありゃ違うね」と沢田。
「なにせ目がイエローだったからな ありゃハンパじゃね―って思ったぜ
 なんつ―かさ― リアルで見たからかもしんねーがよ―
 テレビとか映画で見るモノとは一線を画すっつ――の?鬼気迫るって感じがしたぜ―
 モノホンだよモノホン。本能でヤベーって思ったぜ―ありゃ」
俺はそういってタバコの煙でわっかを作った。
「ヤクザなんてあれに比べりゃかわいいもんだぜ」と沢田がにやける。
「じゃあなんなんだよあれえ?リポーターもさー悲鳴上げてたぜ~?
 だってよ~目の前で人が食いちぎられてんだぜ?」
「おそらく・・隕石の影響じゃねーか?」
沢田がそういうと矢崎も続けて
「ああ…俺もそう思う…」
と言う。
「おいおい、いくらなんでもよ―そりゃなんつ―かできすぎっつーか
 じゃあなんで俺たちは影響がねーんだ?それにほら、あいつらだって」
俺はアルタの前に歩いてる人を見てそう言った。
アルタのヴィジョンにはニュースが流れ釘付けになっている人が多数いる。
画面には男性キャスターが写っていた。
≪えー豊島区、練馬区で発生している集団暴徒化事件ですが
 集団の一人が一般人を襲い、それを静止すべく警察官が銃を撃ったところ、集団の一人の腹部に命中したにも
 関わらず、怯む様子もなく襲い掛かり、警察官一人が首や手足など複数咬まれ死亡したとの続報が入りました。
 えーこれはあくまで上空のヘリコプターから撮影した映像からの情報によるものです。
 死者は現在のところ確認できただけで38名、負傷者は12名とのことです。
 この集団の特徴としては、眼球の色素が黄色く変色しています。豊島、練馬区民の方は決して
 外に出歩かないよう、お願いします。繰り返します…≫
「銃を撃たれても怯まね―って…どういうことだ?」
と松尾が言う。
「だからあれだろ…痛みもわからねーほどムカッ腹が立ってる連中じゃあねーのか?」
俺はそう返した。
「練馬、豊島区っていうと新宿区の周りの地区ですよね・・・?
 やっぱりあの隕石落下が影響してると思うよ…俺は…」
矢崎が真剣な面持ちで言う。
「そういえば…俺の家の周りはなんともなかったんだ…」
沢田が言った。
「どういうことだ沢田」
「俺が家を出たとき外では普通に人が歩いていた…黒目のな…
 でも、新宿に近づくにつれて急に騒がしくなってよ…よく見ると黄色目の連中が襲い掛かってんだよ…人に…」
「そ、そういえば俺と矢崎さんが出会った場所も新宿からバイクで5分くらいのところだった…
 ひょっとすると…ひょっとするぜこいつぁ…」
 
第3話 沢田

「それよりさ…俺腹ぁ減っちまって…お前らなんか食ったのか?」
松尾が言った。そう言われると朝食べたハニートースト以来、何も口にしていない。
「そういや腹減ったな…コンビニ行くか」
「くぁ~コブシで食いてぇ」
松尾がそう言った。コブシとは大学近くのラーメン屋のことである。
俺らはよくそこで昼飯を食べていた。
「ほんとそうだよ・・・でもまあ・・・しょうがねえよ・・・」

俺たちはコンビニへ向かった。
店内は至って普通だった。
俺らはパンやらおにぎりを買って店を出る。
そしてビッグカメラの店頭のテレビに流れているニュースを見るとキャスターが喋っていた。
≪現在、新宿周辺区域の電車は運行をストップしております。えー…≫
「今日寝床どうすんだ?家帰れね―だろ?」と松尾。
「豊島区にさ、車止めてるんだよ…ちょうどエンジ君に助けられた場所の近く…あいつらがいて取りに戻れねーよー…
 電車も止まっちまってるし… ああああああ―――!!」
矢崎が頭を抱えて言った。
「大丈夫ッスよ…車なんてその辺のパクってきましょう 事態が事態だし」
と沢田が言う。
≪えー集団凶暴化事件は豊島区、練馬区という地区で多発していることからあの隕石落下
 の影響もありうる、として警察など団体は調査を続けています≫
「ほーら言った通りじゃねえか!」
沢田が言った。
「シッ!」
松尾が人差し指を立てる。
≪あ…はい、ただいま続報が入りました。えー集団の一人に襲われ、倒れていた人が次々
 と起き上がりだしたようです。その起き上がった人の目は黄色く変色していていたとの模様。
 専門家の指摘によると、これは噛んだもののなんらかの体液が、噛まれた人の体液に混入し、凶暴化してしまうと
 いう一種のウィルスという説が唱えられています≫
ホットドッグがぽろりと地面に落ちた。沢田のであった。
「おいおい…」
沢田が後ずさりする。
俺は祈りながら沢田を見た。

「おい…沢田……お前目が…」

「え…?」

第4話 変貌

俺は沢田の目を見てそう言った。
僅かだが沢田の本来白目である部分が黄色く変色している。
白の絵の具と黄の絵の具を混ぜて、濁ったような感じに。
「ひ、ひィ――――――――ッ!!!」
松尾が腰を抜かした。
「お、おいおい…ジョーダンだろ?笑えね―ギャグは辞めろ キレるぞ?」
「…ジョーダンなんかじゃあねえっ!…マジモンだ……いいか、落ち着け…お前その肩噛まれたんだよな…?」
「確かに噛まれた…ただ、それだけ…噛まれただけだ!…それだけでよお…それだけで俺があんな奴らみたいに
 なると思ってんのか…ああ…?…この俺がだぞ…この俺が……」
沢田は一瞬悲しい顔をしながらそう言って走り出した。
「おい待て!沢田!!!」
俺は急いで沢田の後を追った。

沢田は自分のバイクのもとへ走った。
「うわあァァァァァ――――――――――――――――!!!!!!!!」
沢田は目を押さえ込んで叫んだ。それと共にパイプが地面に転がった。
どうやらバイクのミラーで目を確認したらしい。
「沢田ぁ!!!」
「来るなぁ!!!」
俺は足を止めた。
「俺はお前を襲うかも知れねえ!!!だからくるなあ!!!」
「まだわからねえだろう!!!ちょっと目の色が変わっただけで済むかもしれねえ!!!」
「ほんとにそう思ってんのかよォ~~~~~~~~~~エンジイィィィィィ~~~~~~~~~・・・・」
「ああ!!お前はああはならねえ!!違うか!?お前はああはならねえんだ!!」
俺は必死に沢田に言い聞かせた。
「だけどよォ~~~~~~~~なんだかしらねェ――が…無性によ―暴れてー気分なんだぜ~~~~~~~~」
そう言って片手で目を押さえたままこっちを見た沢田の右目はさっきより黄色が濃くなっていた。
「さ、、沢田…」
「エンジィ~~」

「あ、ああ…さ、さっきにも増して……き、黄色くなってるぅ!!」
松尾が言う。
「うあああああああああ!!!!!」
沢田は両手で頭を押さえ込んだまま絶叫した。
周囲の人間がジロジロと見る。
「あ、頭が…痛ェェェェェ――――――!!!!!」
「沢田ァ~!!!」
沢田が身を挺して両手をブランッとした。そして頭だけを上げた。
「ああ…」
沢田の目はギランとまっ黄色になっていた。
≪オゴワァァァァァ―――――――――!!!!!≫
沢田が奇声を発して向かってくる。
(嘘だろう…あの沢田が…普段は俺たちのまとめ役だった…あの沢田が…)
≪ウジィィィィ――――――!!!!!!≫
「何やってんだよォォォ!!!エンジィィィ!!!逃げるんだよォォォ――――!!!!!」
松尾が俺の手を引っ張った。
俺は動けなかった…なぜかはわからないが…『逃げちゃぁいけない』 そう思った。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁァァァァァ!!!」
松尾だけ走って逃げた。
沢田は両手を広げて俺の肩にしがみつくと、首もと目掛けて口を大きく開いた。
『ズオォォォッ!!』
俺は沢田の首元を掴んで接近させないようにしたが、体格のいい沢田に力負けした。
『グワン!!』
「ぐうっ!!目を覚ましやがれェッ!!沢田ァ!!」
≪カァァァァァ―――!!!≫
俺は尻餅をついて沢田に『マウントポジション』の体制を取られた。
俺は必死に沢田の顔を動かせぬよう、首をガッチリと掴む。
しかし沢田は俺の掴んでいる腕を掴んで、左右に開いて、首筋に向かってきた。

(やられるッ・・・!!!)


『ゴキンッ!!!』

 


何か音が聞こえると思うと沢田の力が一瞬抜けた。
「早く逃げろ!!」
沢田の後頭部を矢崎が鉄パイプで殴った音だった。
俺はその隙に沢田を跳ね除けた。
沢田はすぐに起き上がるが矢崎がすかさず頭部を殴打。
俺は何も言えなかった。
「ふんッ!!ふんッ!!」
『ゴィンッ!!!ゴキンッ!!!』
矢崎は必死に頭部を殴りまくる。
沢田はぴくりとも動かなくなった。
「沢田!!」
俺は沢田を起こした。頭部がぐしゃぐしゃになっている。
鼻から出血している。
「エンジ君…こうしなければ君も奴らの仲間になっていたんだ…仕方がなかった…」
「ええ…俺はアンタを恨んじゃあいない…俺には沢田を…殺すことはできませんからね…」
「沢田ァァァ!!」
松尾が駆けつける。
「嗚呼ぁぁ!!沢田ぁぁぁ!!」
「2人とも…あまり彼に触れないほうがいい…何かの拍子で体液が体内に入ると大変だ…」
俺たちは無言で沢田から離れた。
周りを大勢の人が取り囲む。警察もきた。

第5話 殺人

いろいろと聞かれたが沢田の目が黄色くなっていて止むを得なかったと説明する。
目が黄色くなったのを目撃した証人もいた。
しかし警察は殺人だということで矢崎を逮捕するらしい。
「そりゃあねえだろうアンタ!!あれは人であって人じゃぁない!!
 殺さなければエンジは凶暴化したんだぞ。そうやって増えていくリスクを考えれば殺すのが妥当だろう!
 正当防衛だ!!」
松尾が警察官に言った。
たしかにあの時沢田を殺さなければ俺は暴徒と化し、ねずみ算式に犠牲者を増やしていただろう。
「だけどねぇ…人であって人じゃないということは一応は人ということだろ君。
 殺人は殺人なんだ…それにあれは正当防衛とは言わん。過剰防衛だ。
 確かに彼の取った行動は最善かもしれない…でもね、死んだ彼も救われる可能性が
 ないわけじゃないんだ…薬…ワクチンができるかもしれないしね…新しい法が施行されるまでとりあえず署まで来てもらうよ。」
松尾は黙ってしまった。

『バラララララララララララララララ』

周囲を風が包む。
ヘリである。軍用機でかなり大型。
ヘリは新宿駅前広場に着陸すると機内から4人の隊員が出てくる。
「はい、下がってー」
彼らは迷彩模様の服を着ており、傍らには銃を背負っている。
自衛隊…!」
隊員2人が担架に沢田を乗せると貫禄のある背の高く彫りの深い一見外人風の隊員(恐らく隊長だろう)が口火を切る。
顔には幾つか切り傷があった。生々しいものもある。
「この男は重要な死体として研究所に運ぶ」
“研究所”ということはどうやら沢田は軍の研究材料として使われるらしい。
「ふざけんなテメェー!!沢田を研究材料にすんのかよォォ―――――!!!!!」
松尾が恐らく隊長の男の胸倉を掴む。
「なんだ君は……?そうか…彼の友人か…ならば、協力するんだ…彼のおかげで人々を救済できるかもしれないんだ」
恐らく隊長であろう男は落ち着きはなった口調で言う。
「ふざけんじゃねェ―――!!このウスラデカがァ――――!!!!!」
松尾は右の拳を隊長の顔面目掛けて放つが、腕をつかまれ逆にボディブローを喰らってしまう。
「がはッ……!!!」
続けざまに顔面にパンチを喰らう。
『ドキャ!!!』
「てめェェ――!!!!」
俺がブチ切れた時のことだった。
「う、うわああァァァァァ!!!!」
死体を運んでいた隊員が悲鳴を上げる。
沢田が蘇り隊員に飛び掛ったのだ。
隊員はとっさに「眩しい」といったような腕の形を取る。
だがその腕を噛まれた。
「ヒ、ヒイィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!」
「まだ生きていたか…!!」
と恐らく隊長であろう男が言った。
男は銃を取り出すと沢田の下半身目掛けて隊員もろとも銃で撃つ。
『ダダダダダダダダダダダ!!』
あれはM16とかいうカービンライフルだ。
その衝撃で沢田は担架から地面に転がり落ちる。
「い、いでぇ!!いでえええ!!!」
隊員は腹などを撃たれた。
「離れろォ!!この2人には近寄るんじゃあないッ!!」
男が言う。そして続けざまに
「いいか!!よく聞くんだ!目の黄色いものに襲われたら脚を狙え!脚だ!!
 噛まれたらお終いだッ!その為にまず行動不能にする!!
 調べによると唾液が体内に侵入してから20分から30分ほどで目の色素が段々と変色し狂人と化す!!
 噛まれたものがいたらとりあえず脚を狙うんだ!!いいな!!あくまでも殺してはいかんぞ!!」
男の声はアルタ前広場に響いた。
≪グギャアアアアアアアアアァァァァァァ!!!≫
吼える沢田。
「ひ、ひいいいいいいいいいい…」
泣くもう一人の隊員。
「キャアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!」
悲鳴を上げる女。
その時、男の無線に連絡が入った。
≪プスーッ…えー目の色が変色した人間の殺人を認める法律がたった今施行された。
 死体は死後、目の色が正常に戻るが、DNA検査で生前、異常かどうかを確認できる模様、どうぞ…プスーッ≫
「了解」『プスッー』

ざわ……
    ざわ……

「聞いたとおり、暴徒の殺人は許可することになった!
 正し、正常だった人間を殺してもDNA検査ですぐ分かるからなァ!!馬鹿な真似はやめとけよォ!!」
そう言うと男は銃の引き金を引き、手だけでずるずると移動する沢田の頭部に鉛玉を打ち込む。
沢田は見るに絶えない残骸と化した。目が黒目に戻っていた。
続いて沢田に噛まれた隊員の方に銃を向ける。
「や、やややややめてくださいよ!!自分はまだ普通です!!や、やめてッ……ひ、ひイイィィィィィィィィィ――――!!!!!!!!!!!!!」
「恨むなよ伊藤…」

『ダダダダダダダダダダッッ!!!!』

隊員は胸部を蜂の巣にされ、衝撃で小刻みに揺れる。
「隊長ぉ…」
伊藤という名の隊員は後ろに反り返りながら死亡した。
「脚を狙うというのは取り消しッ!!
 狙うのは頭部!!とにかく噛まれないようにするんだッ…!!
 その為には頭部ッ!脳を完全に破壊しろ!!もしくは心臓!!
 奴らは見ての通り生命力、耐久力が物凄い。恐らく痛みを感じていないっ……!!」

ざわ……
    ざわ……

「狂っているのだ…何よりも人を襲うことを第一としている。
 新宿にも今の男のように噛まれたものがいるかもしれん…持ち込まれたのだっ…他の区からっ……!!
 もう新宿も駄目だ…いや東京中が駄目になるのも時間の問題であって過言ではない…!
 そこで正常なものだけをこのヘリで安全な場所へ連れて行く…!!」

ざわ……
    ざわ……

「さっきもあったようにDNA検査で安全かどうか分かる。もうじき東京中で特殊医療班による血液検査が行われるだろう」

沢田の伊藤の死体は黒い袋に入れられ、ジッパーを閉められ運ばれた。
沢田は俺と松尾にいろいろな悪さを教えてくれた男だった。
キレると手がつけられないが、根は優しき男だった。

今でも脳裏に沢田の声が聞こえる。

第6話  搬送

十数分後、男の予告どおりヘリ数機が到着した。1機のヘリから全身を宇宙服のような服を着、
マスクをつけた男数人が出てきた。この男らにまず、目の色をチェックされ、次に血液検査という2段階
の検査をされた。
隊員がメガホンで血液検査をすることを呼びかけている。
はたから見れば献血である。検査が済むと軍のヘリに乗り込む。
俺と松尾と矢崎は正常と判断され、ヘリに乗り込んだ。
操縦席には隊員、その横に隊長。そして中に10数人の人間が箱詰め状態になって飛び立った。

「何処へいくつもりなんだ?」
俺は独り言のように呟いた。
「多分…軍の施設だろうねえ…」
矢崎が言う。
「畜生…沢田ァ…いい奴だったのに…」
松尾が泣いている。
「あの野郎…」
俺は操縦席の横に座っている隊長の方を向いた。

「……ん…?」
俺は目をこすってもう一度隊長の方を見た。
ヘリのフロントガラスに映っている隊長の顔に異変を感じた。
「アイツ……『なってやがる』…」
俺は背中に汗が吹き出るのを感じた。
「なってる…?何が…?」
(そう言えば…奴は…血液検査を………していないッ!!!)
「おい!!!」
俺は操縦席のほうに言った。
「ヘリを下ろすんだっ…!!」
「何を言っている!!静かにしろ!!」
腕組みをした隊長が目を瞑ってうるさそうに言う。
「そう言うと思ったよ。馬鹿な質問をした俺が悪かった。ならハッキリ言わせてもらうけどよォ――…」
俺は苦笑いをした。
「アンタ…あの怪物になっちまってるんだよ!!だから早くヘリを下ろせと言ったんだっ!!最悪な事態になる前になっ…!!!」

ざわ……
    ざわ……

「ああ~ん…言ってることがわからんが…」
「自分の目を見て見やがれ!!!」
「目ぇ…?」
隊長は操縦席の方を見る。
「なんかおかしいか…?おい。」
操縦していた隊員の顔が見る見る怖ばっていくのがガラス越しに分かった。
異変に気付いた隊長は取り付けてあるミラーに自分の顔を映す。
「フハハハハハ!!!こりゃ傑作だ…」
隊長は笑いながらこっちを向いた。
ヘリの中から悲鳴が聞こえる。目が黄色くなっていたからだ。
「救助しに来た私が…私がなってしまうとはな…こういうのを『まさかの出来事』って言うんだろうなぁ…ええ…?」
「早く…下ろせっ…!!」
「ハハハ…」
隊長は顔を抑えて席に着いた。
(なぜだ…なぜ俺が『なった』…?俺が奴らと接触したのはさっき殺した1人だけ…空気感染するのか…?
 ……いや、待てよ…あの時…たしか感染体を殺害した時…俺の顔に飛んだのか…?返り血が……)
「おいおい…こんなとこで暴れられたら…終わりだぞ…」
松尾が言う。
「それにしても…なんであの人が…」
と矢崎。
「沢田だ…」
「え…」
二人が口をそろえる。
「恐らく沢田を撃ったときに僅かな返り血を浴びたんだ…それが奴の顔の傷口から体内に侵入…
 20分から30分で発病するという時間を考えても沢田を殺したときだろう…」

「ガアアアアアアァァァァァァァァ――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!」

隊長が上を向いて絶叫した。
「早く…早くしろ高崎…!!」
隊長が操縦席の隊員に言う。
「急げ…!!俺を施設のどこかに閉じ込めるんだ…俺の理性があるうちに早くっ…!!
 その間に…ワクチンができれば…う…ううう…」
隊長は身を捩りながら苦しみだした。

『ボリボリボリボリボリボリボリ…』
「た、隊長!!」
『ボリボリボリボリボリボリボリ…』

隊長は自分の顔をかきむしり始めた。
「ヒ…ヒヒヒ…」
「殺せぇ!!殺すんだ!!早くしろォ―――!!!」

ヘリは急降下し始めた。
隊長はこっちを向いた。
「隊長の俺が…部下に殺されることはなぁ~~い…」
『ボリボリボリボリボリボリボリボリ……』
隊長の顔は血だらけになっていた。
「早く撃てェェェ――――!!!!」
「しかし…!!」
隊長は頭を抱えてうずくまる。

(まずい…沢田のときと一緒だ…)

 

≪ジョゲエエエエエエエエエェェェェェェ――――――――!!!!!!≫

 

「なりやがった…」

第7話 着陸

隊長は狂人と化した。ヘリの機内は悲鳴が飛ぶ。
高崎隊員はやむを得ないという感じで銃を手にすると狂人隊長が襲い掛かる。
≪ジュウウゥゥ!!!≫
「うわああああああああ!!」
『ダダダダダダダダダダダダ!!!』
高崎の手にしている自動小銃の弾は、隊長の腹部に至近距離で命中する。しかし隊長は弾を喰らいながらも
高崎に向かっていった。
『ダダダダダダダ!!!」
高崎にかぶさるように襲い掛かった隊長の体を貫通して、天井に無数に穴が開いた。
二人が揉みあっているが席に隠れてよく見えない。
「うああああああ!!!」
ヘリが大きく揺れた。
「キャアアアアアアアアアア!!!」
悲鳴や泣き声が聞こえる。
「やべえよぉ!!死にたくねえよぉ!!!」
松尾が泣き叫ぶ。
ヘリは大きく傾いて落下していくのが分かった。窓から外を見ると地上から50メートルくらいの距離になっている。
隊長が高崎に跳ね除けられ、すぐに高崎は操縦を再開した。

『ガァン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

ヘリは不時着した。
すぐさま高崎は隊長に乱射するとすぐにヘリを飛び出しゲロを吐いた。
俺たちは半ば放心状態だった。
「死…死んだのか…?」
俺は助手席の壁にもたれかかる隊長を見た。
顔から胸にかけて無数に穴が開いていた。左目が飛び出ている。
俺も吐きそうになた。

外に出た。
「あんたもあの人の血を被って感染したかもしれない…
 早くその施設とやらに行くんだ…ヘリを動かしてくれ」
「できない…」
「え…?」
「ヘリが動かないんだよぉ!!」
「なんだと…?」
「隊長を殺すのが必死で…銃を乱射して…機械が…故障してしまったんだ…」
「じゃあ携帯かなんかで助けを…」
俺は携帯を取り出した。
「・・・クソッ!」
圏外だった。
「おい、松尾」
松尾のも矢崎のも圏外だった。
「・・・ここはひょっとして…」
矢崎が言った。
「ここ…知ってるんスか…矢崎さん」
「あ…あ…あ…ああ…」
矢崎は辺りを見回しながらうろたえた。
「なんなんスか…!」

「ここは無人島………彼岸島だよ・・…!」

第8話 彼岸島

「な…なんだって…」
俺は唾をゴクリと飲んだ。
「こんなときに悪い冗談はいいっこなしだぜ…矢崎さん」
松尾が苦笑いしながら言う。
「冗談なんかじゃあない…ここは知ってるんだ…」
「てことはじゃあ…」
「いや…でもそれは十年以上昔の話だよ…今は少数の村になっているとかいないとか…でもまさか俺がここにくるとは…」
俺は矢崎の顔を見てこの島が尋常じゃないことを悟った。
「話してくださいよ…矢崎さん」
「分かった…もうあそこの社員じゃないから話すよ…ここは…忌まわしき島…呪われた島だ…」
「呪われた…?」
俺と松尾は煙草を取り出した。
「エンジくんと出会ったとき…話しただろ…俺は大手の貿易会社に勤めていたと…」
「ええ…」
「その貿易会社にはとんでもない裏の顔があったんだ…」
「裏の顔…?」
「会長が…とてつもない悪趣味な男だったんだ…カルト教団にも入っていたせいもあってね…
 ・・そいつは…借金に苦しむ男たちを探してきて船に乗せた…
 その船で『救済計画』とあだ名して一夜限りのギャンブルをやらせたんだ…」
「ギャンブル…」
「そして俺もその船に乗っていたんだっ…!」
「矢崎さんが……」
「ああ…俺は会社の幹部で……それでギャンブルの『勝ち役』として乗せられてたんだ…」
「なるほど…ということは…」
「そう…最初から出来レースだったわけさ…ギャンブルなんてものは…救済計画だなんてハナから嘘だったんだ…」
「ひでえ話だな…」
「それでそのギャンブルの敗者全員がこの島に送りつけられた…というわけさ…ようはゴミ捨て…社会のクズどもを
 捨てる『廃棄船』だったというわけさ…!」
俺はその時の矢崎の顔を見てゾッとした。
「で…その負けた人たちはどうしたんです……?この島で…」
「聞いて驚かないでほしい…そして冗談でもない…」
俺は唾を飲んだ。
「殺されたんだよ…!!最後の一人になるまで…!!ゲームと称してね……!!」
「な、なんだって…!!」
「驚くのは早いよ…エンジくん…」
「な・・・」

「その最後の生き残りこそが…・・・君のお父さんなんだよ……!!!」

第9話 親父

俺はあまりの出来事に絶句、固まってしまった。
「この島の風景を見て思い出したよ・・・どこかで聞いたことがある「コウエンジ」という名前・・・
 思えば顔もよく似ている・・・」
「お・・・親父が・・・そういえば・・・蒸発する前・・・借金抱えてたっ・・・」
「俺は君のお父さん、その他の人を騙してしまったんだ・・・ギャンブルで勝負する際ね・・・許してくれ・・・
 俺のせいでみんなこの島で・・・・・」
俺は何もいえなかった。
「後になって自分は大変なことをしてしまったと気づいた・・・・それ以来、船にも乗ってない・・・・・細々と暮らしてた・・・
 それで・・・・・・君のお父さんはこの島で生き抜いて・・・2億円を獲得した・・・」
「2億・・・!?」
「その金を狙って幹部の人間が彼を狙ったっ・・・殺人ゲームで人々を惨殺した殺人鬼と共にね・・・
 その事件があの新宿で起きた巨人暴走事件・・・君はまだ生まれてなかったけどね・・・」
「よく知ってるぞその事件・・・」
松尾が言った。
「銃も通さない体を持った人間が暴れて、最後は謎の自殺を遂げたって言う・・・」
「そう・・・うちの会社の研究所の薬で超人化した人間なんだ・・・その事実は闇に葬り去られてるけどね・・・」

俺は親父のことを思い出しながら砂浜で煙草を吹かした。
(ここで親父が・・・)

「そう言えばあの自衛隊はどうした?」
松尾がふと言う。自衛隊とはさっきまでゲロを吐いていた操縦士のことだろう。
俺たちのいるヘリ周辺、そして砂浜を見渡しても見当たらない。
「そういや・・・いねーな」
他に連れてこられた人間はざわついている。
「まずいぞ・・・・・あいつはあの隊長とかいう男を射殺した際血を浴びている・・・・・探し出して殺さないと・・・・・」
矢崎がそう言う。たしかに高崎という男は血を浴びた。血を吐いたのは体液を出さないとまずいという心理からきた
行動かも知れない。ここで立ち往生していてもしょうがない。あの男を捜さなければ。
俺と2人は歩き出した。

10分ほど歩くと森に囲まれているものの、道らしい道ができている。
なんだかしらねーが人が住んでいるっつー雰囲気がある。
森を抜けると家々がぽつぽつと点在している。

「やっぱり、、やっぱり本当だったんだ・・人が住居しているというのは・・」
矢崎はそう言うと駆け出した。そして最寄の家に入った。
「すいませーん・・電話か何か貸し・・」
俺と松尾は続いた。そして家に入ろうとしたところで矢崎が後ずさりしながら出てきた。

「あ・・あ・・・・」

「どうしたんです・・?」

俺は家を覗いた。

「・・!!?」

家の中は木造で薄暗くなっていた。
居間のような所に穴が掘っており、鍋が釣り下がっているといういかにもド田舎な内装。
そんなことはどうでもよかった。
問題は床に物凄い表情で倒れている老婆だ。臓器が出ていて血まみれになっている。
「なんでこんなことに・・・!」
その時、遠くのほうで叫び声が聞こえた。
俺は閃いた。
「アイツだよ・・・」
「まさか・・・?」
松尾が聞き返す。
「あの消えた操縦士だ・・・」
「まじでっ・・・!」
「奴はヘリん中での揉み合いでやっぱり血を浴びた・・・そして狂人になり・・この村の民の人間を
 次々に襲っている・・・今・・・この瞬間も・・・・・・!!」

「・・・てことは・・・まずいだろ・・・ソレ・・・俺たちは島から出られないし・・・島の人間は
 次々と狂人化・・・・・・」
松尾が真っ青な顔になって言った。

「これが最悪の事態っつ―奴か」

「そう言えば・・・倒れていた人間が起き上がるんだよな・・・人間をやめて・・・」
矢崎がそう言ったとき、既に老婆は大きく蠢いていた。

第10話 村

「・・・・」
老婆がむっくりと起き上がった。
≪ヒッヒッヒィィー≫
老婆は目を光らせ奇声を発し、ふらふらしている。
「なんだこの婆さんよォ―――!!」
俺は冷や汗をかいた。
とっさに入口に立てかけてあった鍬(くわ)を手にする。
≪イキキキキキキ・・・≫
「うわああああああああ!!!」
松尾が逃げやがった。
「逃げてんじゃあねえぞ!!松尾――――――!!!!」
俺は老婆を見ながらそう怒鳴った。
≪ビャァ――――!!≫
老婆が向かってきた。動きはかなりのろい。
「成仏してくれよ・・・・・・ババアァァ――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺は駆け出し、鍬を老婆の頭に斜め上からぶち込んだ。

『ベキッ!!』

「しまった・・・!!」
俺は恐怖心でつい血を噴出させてはいけないことを忘れていた。
幸い、こめかみに直撃し、血は噴き出ず、浴びることはなかった。
老婆が倒れる。
「エンジくん、気をつけるんだ・・!頭を完全に破壊しなければ駄目・・!
 だけど血を浴びないように・・・!!」
「分かってます・・・」
(一番体内に入りやすいところ・・・口だ・・・)
俺はシャツを脱ぎ、口に巻きつける。
老婆はピクピクしている。
≪ウグゥゥ・・・≫

『メシャッ!!ビキッ!!ガスッ!!』

鍬を2度3度頭にぶち込む。老婆の脳が出たところでやめた。

「人を殺すってのは・・・あんまりいい気のするもんじゃあないッスね―・・・」
「ああ・・・」
「終わったのかよエンジィ~~~」
松尾が後ろの大木の陰に隠れそう言った。
「終わったぞ・・・」
その時走ってくる足音が聞こえた。
俺はその方向にバッと振り向いた。猫が物音に反応するように。
目に映ったのは顔の濃いオッサンだった。
「お、おめーら・・誰だ!!」
凄い形相で怒鳴ってきた。
「い、、いや・・・」
「おめーらも仲間か!!?あの人喰いの!」
「そ、それってもしかして自衛隊の服を着ていた・・・?」
「そうだ!!なんなんだありゃ!!村は大騒ぎだぞ!!どうにかしてくれ!!!」

俺たちはオッサンにあらましを説明した。

「・・・な、なんだって・・・?」
「信じられないかもしれないけど・・・事実です・・・」
「東京はそんなことになっちまってんのか・・・てことは・・やばいじゃねえか!!
 この村もその人喰いだらけになっちまう・・・!!俺の家族も・・・!!」
「そう・・・人喰いの巣窟になる・・・」
「よし・・逃げよう!!俺の漁船を使って逃げるぞ!!」
「漁船・・・・・・!!?」
「そうだ。俺はこう見えても漁師なんだ。ついて来い」
希望が見えた。しかしあのヘリで連れてこられた人間を放っておくわけにはできない。
「オッサン!ちょっと待ってくれ!!」
「なんだ・・?」
「他にも人がいるんスよ・・・」
「どれくれえだ?」
俺はふと考えた。
「十何人か・・・」
「十何人!?・・・それはいくらなんでも無理って話だぜ坊主・・・
 いっても5人だ。つーことはだぜ。俺とお前ら3人で4人・・・あとは俺の嫁と子供たちだ」
「く・・・」
「い、いいじゃねーかエンジ・・・!俺たちだけでも逃げてよォー助けを呼べばいいじゃねえか!・・・な!」
「でもよォ―それって薄情ってもんじゃあねーのか・・・?良心ていうのか・・・胸のどこかが痛くはならね―のか・・・?おい?」
俺は松尾を指差す。
「なる・・・なるなる!・・・なるけど事実無理な話だろ―が!」
「そうだよエンジくん・・・4人で取り合えずこの島を出よう・・携帯が使えるところまで船で飛ばして
 助けを呼ぼう・・・それしかないっ・・・」
俺は暫し考えたが頷いた。
「よしっ!じゃあさっさと行くぞ」
オッサンが先陣をきって進む。前方には民家が2軒。
「待てっ・・・!」
「なんだよ、またおめーかよ!!俺は家族が心配なんだ!!後にしろ!!」
「そこの家の人間も恐らくなっちまってる・・・人喰いに。」
俺は2軒の家を指差してそう言った。
「な・・なに・・!!?」
「奴らは手当たり次第に人を襲う・・・恐らくその2軒の家の人間もなっている・・・」
予想通り2軒の家から老人夫婦が2組、合計4人の老人がよたよた出てきた。
「う、うわあっ!!」
オッサンはあとずさる。

俺は鍬をぐっと握って走った。
「マジかよ・・・!エンジィ!!」
俺は老夫婦の脚に次々と鍬を振りかざす。

『ゴシャ!!』

老人が倒れるとすかさず脚部を切断した。
「なるほど・・・」
矢崎が口にする。
「脚を切断さえしてしまえば奴らは動けないんだ・・・・・・・・」

俺は4人の老人の脚を切断した。

≪バミィィィィィィ~~~~~~!!≫
響く奇声。

「オッサン・・・村に人間は何人いる・・・?」
俺は尋ねた。
「30人から40人くらいだと思う」
「30から40・・・」
「もしそいつら全員がなってたら・・」
「馬鹿言うんじゃねえ!!」
オッサンは松尾に怒鳴った。
「とりあえず俺の家族が心配だ!!」
おっさんは倒れて蠢く老人たちを尻目に走っていった。
「おい、待て!!」

第11話 青年

村に着く。田畑などがあり自活している様子が伺える。
村は静まり返っていた。

「俺んちはあすこだ!!」
「待てよ!!あぶねえぞ!!」
俺が前を走るオッサンにそう叫ぶと民家から次々と人間が出てくる。
「気付かれた・・・!!」
≪モォオオオオオオオオオオ・・・・・・≫
4人の人喰いは俺たちに向かってきた。
「ひええええええええ!!!」
「吉子・・・」
オッサンが呟く。
「何・・?」
「吉子・・・嘘だろ・・・吉子――――――!!!!」
オッサンは人喰いのほうに走っていってしまった。
吉子というのは恐らく妻の名前だろう。
「馬鹿ッ・・・!!!」
4人の人喰いはオッサン目掛けて襲いかかった。
「吉子ォォォォ!!!!」
オッサンは3人の人喰いに襲われるが気にも留めず、叫びながら女性に腕を伸ばす。
しかし女性はその腕をするりと抜け、オッサン首筋に噛み付いた。
「吉・・子・・・?」
「あああ・・・あの人もう駄目だ・・・」
松尾が目元を押さえる。
「ぐわああああああ!!!吉子ォォォ!!!!」
『ブシャブシャブシャ!!!』
オッサンは4人の人喰いに埋もれた。
≪ウジュルウジュル・・・!!≫
まるでハイエナが獲物を食べているような光景だった。
「畜生・・・!!」
俺が行こうとすると矢崎に肩を掴まれた。
「離せ・・・!!」
「無理だ・・・!!もう無理なんだ!!」
「だってよぉぉ―――!!」
「それよりどうすんだよ!!あの人が終わったら次は俺たちだぞぉ~!!」
松尾が嘆く。
「クソッ・・・!!とりあえず身を隠すぞ!!」
俺たちはとりあえず左の方に走った。
川がある。それに橋がかかっている。その橋の終わりに小屋がある。

「おい、あそこの小屋へ行こう」
俺たちは橋を超えて小屋へ行き、戸をあけようとするがこれが開かない。
「ぶち壊すか?」
「それはまずいだろ。よく考えろ。あの人喰いたちから身を守るために俺たちはここに入る。
 その戸を壊してどうするんだ」
「じゃあどうすんだよ。あ痛っ!トゲが刺さった」
「ちゃんとシャツかなんか巻いとけよ。奴らの体液が入らないように」
その時「だ・・だれ・・・?」小屋の中からか細い声がした。
「中に誰かいるのか。俺たちはあの人喰いじゃない、開けろ」
ガラガラと戸が開くとひ弱そうな少年が立っていた。
「あなた達は・・・」
「わけは入って話す。とりあえず入るぞ」
俺たち3人は中に入るとギュウギュウになった。
「狭めえぇここ」
「でも武器になりそうなものがあるじゃねえか」
中は鍬やお櫃、シャベルなどの道具が陳列されており一種の物置小屋らしい。
「武器・・・?まさか殺す・・・んですか・・?」と呟く少年。
「ああ・・・殺してもいいという法律が出来た・・・もっともそんなのできなくても殺さなきゃ俺らがああなっちまう」
「・・・法律?というか・・・あなたたちは誰です?この島の人じゃないですよね・・・」
俺たちはまたこれまでの経緯を説明する。
「へぇ、そんな大変なことが・・・」
「気の毒に・・・」と矢崎。
「君さァ、漁船動かせる?」と俺が言うと
「いえ・・・農業しか・・・」と返答する少年。
俺は少年の言葉を裂いて「まじかよ、しょうがねえ。とりあえず漁船のところまで行こうぜ。なんとかなるだろう」と言うとすかさず
「でもよォ、奴らがいるんじゃ無理だろ・・・?今この瞬間だって増え続けてるんだぜ?・・・仲間が」と松尾。
「とりあえず夜を待とう。夜は活動を中止するかもしれない・・・奴らだって睡眠をとるはず・・・」と小屋の隅に座る矢崎。
矢崎の案に俺たちは合意し、ぎゅうぎゅう詰めの物置小屋で俺ら4人は休憩、夜を待った。

第12話 深夜

気付くと俺は寝ていた。時計を見ると午前1:30を回っている。
目の前に蝋燭が置いてあり、火が灯してある。
ぱっと前を見ると松尾と矢崎。松尾は眠りこけているが矢崎は一点を見つめている。
そしてあの少年はといえば、体育座りで俯いている。恐らく、寝ている。
矢崎は俺が目を覚ましたことに気付いていないようなので、俺はふわぁっと嘘のあくびをした。
すると矢崎はぱっとこちらを見、「あ、起きたか」と言う。
「ええ・・・なんか寝ちまって・・・もう1時半っすよ・・・・・・」
「そうだね・・・煙草もらえるかな・・・」
俺は煙草とライターを矢崎に投げた。
矢崎は大きく息を吸い込むと「ふーーーー」と息を吐く。小屋の中に紫煙が充満した。

しばしの静寂が包む。

少年が大きなくしゃみをした刹那、小屋の戸がブチ破れて黒い物体が矢崎にブチ当たった。
『バキャア!!』
その物体とは黒い服を着た人喰いであった。黄色い目が不気味に光る。
矢崎は人喰いに飛びつかれて小屋の壁にぶち当たった。衝撃で蝋燭が倒れ小屋の藁のようなものに火がつく。
「痛っ!!」
≪カァァァァァァァァァァ!!≫
痰を吐く前のような声を上げた人喰いは矢崎に噛み付いた。
「うわあああああああ!!」
叫ぶ少年。
首の肉を食い千切られ、更に腕に噛み付いている人喰いに矢崎は抵抗する素振りも見せず、落ち着いた表情をしている。
矢崎は噛まれてない方の拳で思い切り人喰いの顔面を殴る。更に腹などを迎撃し、よろめいた人喰いの顔を蹴りまくる。
そして手元にあった鍬を持ち、振りかぶると人喰いの首を両断した。
『ブツッ!』と鳴った。
矢崎は額の汗を拭い、顔だけ振り返り
「・・・ふぅー・・・・」と大きくため息をついた。
「や、矢崎さん・・」
矢崎は覚悟を決めたように口を開いた。
「分かってる・・・分かってるよエンジ君、俺は咬まれた。だから君は俺を殺さなければならない・・・」
矢崎は首筋をかまれた瞬間、全て腹を括ったのだろう。その顔は周囲に燃え広がった炎に照らされ橙色に鈍く光っていた。
「そんな・・・」涙目の松尾。
「だが、殺されるのは嫌だな・・・痛そうだ・・」そう苦笑いをする。
俺はこぶしを強く握った。
矢崎は一瞬松尾に目をやり、そして俺を見るとこういった。
「二人とも・・・生きろよ」
その瞬間、矢崎は後ろを振り返ると『バッ!!』と炎の中に飛び込んだ。
「矢崎さん!!!」
「行くんだエンジ君・・・!!君もお父さんのように逃げきれると・・・いいなぁッ・・・・・・!!!」
炎の中でそう叫んだ矢崎は地面をぎゃああああああっと絶叫しながらのた打ち回った。
俺は目をぎゅっと瞑り振りかえると、矢崎を尻目に走り出した。

第13話 避難

俺たちは半焼する小屋を抜け出した。
がくがくと震えていた少年は松尾が連れ出したらしい。外にいた。
「とにかく・・・ここを離れようぜ・・・今の騒ぎで奴らが来るかもしれないしよぉ・・・」
目をやると橋のほうにはぞろぞろと人影が見えた。
俺たちは走った。川の向こうは人がうようよしている。
「ま、まじかよ・・・!!」
「さっき矢崎さんを襲ったのは・・・ヘリの中の人間だっ・・・!!」
「・・・てことはあの人ら・・・」
「わからねえっ!!全員がなったとは限らねえが・・・」
その時俺ははっとした。
「おい、お前」
少年に言った。
「なんですか」
「お前、さっき血ぃ浴びたか・・・?」
「いえ・・・体内に入ると不味いと聞いたので浴びないように努力しました・・・」
俺は足を止めた。
「おい、どうしたんだよ、いそがねえと来るぞォ!!奴らが!!」
「お前、本当に血を浴びてないんだよな・・・?」
「・・・浴びたとしても体内には入ってません・・・口と眼を押さえてましたから・・・」
「・・・口と眼は関係ない・・・体に付着してか聞いている・・・・」
「わからないです・・・」
「矢崎さんが首をかまれたのは頚動脈だ・・・血が大量に出た・・・そのすぐ横にいたんだ・・・お前は・・・
 ・・・大丈夫だ・・・俺はお前を殺しはしない・・・正直に言うんだ・・・・」
「だからわからないんです・・・服には・・・何滴かついてますね・・・でも体には付いて・・・ないようです・・・」
「何をそんなまじに聞きまくってんだよ?」
「俺らはこいつと行動するんだっ・・・!ただ・・・聞いておきたい・・・!!それだけだ・・・!!
 もし入っていたら別れる・・・!!だがわからないから・・・・・・目の色が変わるか様子を見るしかねえ・・・」
俺らは森に入り、切り株に腰掛けて時が過ぎるのを待った。

第14話 気絶

夜の森は閑散としていた。ホーホーとフクロウが鳴いている。
俺は煙草を吸おうとポケットを探ったが、忘れていた。
矢崎に煙草をあげてそこから騒ぎが起こったんだ。そして煙草は燃えてしまったろう。
しょうがないので煙草を松尾に一本せがんで吸う。もう煙草なしでは落ち着かない。
青年は体育すわりをしたまま黙っている。健康的な白い半袖と短パン、見るだけで寒気がする。
そしてそのシャツと短パンには鮮血がついている。
「お前・・・寒くない・・?」と俺は問う。
「慣れてるけど・・・ちょっと寒い・・・けどできないんでしょ・・焚き火・・・」
口を尖らせてボソッと言った。
「感づかれる恐れがあるからな・・・ちょっとの辛抱だ・・・」
俺がそう言うと沈黙が続いた。それを切り裂くように俺は話し始めた。
「俺は小2まで空手やってたんだけどよォ…
 小学生大会があったんだ…それで大会前日にオヤジは俺にこう言ってくれたんだ・・・」
「・・・え?」
なんだいきなりと言ったような表情。
「『お前にはここぞという時に勝負強さがある。なぜなら俺の血が流れてるからな』…ってな…
 当時は子供心にも「買いかぶりすぎじゃねーの?」とか思ったんだけどよ…なぜか覚えてんだよなァ…あの台詞を…」
「…で、優勝したのか…大会は……?」
「負けたよ。2回戦目でな…それ以来空手はやめちまった…んでオヤジもどっか行っちまった」
「そうか…まあそこが「ここぞという時」じゃなかったんじゃねえの?よくわかんねえけど・・・」
確かに松尾のさらっと言ったことは当時、幼いながらの俺の合理的な言い訳として、心の中に閉まっていたものだった。
それをガラッと開けられた感じがした。
そして俺はふと思った。
(血が流れてる・・・か・・・・・・あのバケモンたちの血と俺ら親子の血の闘いなのか・・・これは・・・?)
それからまた一寸沈黙が続き、15~6分が経過した頃、俺は松尾に武器に使えそうな木を2本、探してくるよう指示した。
松尾が辺りを散策している間、俺は松尾のライターで少年の眼球をチェックする。
「ふーむ・・・まだ変化はない・・・か・・・そういや・・・漁船ってどの辺の場所にあるんだ・・・?」
「ここから川沿いに2キロぐらい・・・走ったところですけど・・・」
「あと2キロか・・・」
「おい、木ぃ持ってきたぞ・・・」
「おう、サンキュウ・・・」
俺はそう言って木を受け取った瞬間、少年の首の後ろを木で思い切りぶん殴った。
ゆっくりと前に少年は倒れた。

「・・おいっ・・・・!!」
「ごめんな・・・」
「お前・・・まさか・・・」
「ああ・・・黄色くなってた・・・・これしかなかったんだ・・・・・行くぞ・・・意識を取り戻す前に・・・!!」
もし俺と松尾で彼の眼をチェックして松尾が眼の変色に驚いたらその表情で感づかれる。
そうなったら殴るしかない。
その際、体液が入るとまずい。汗もやばいかもしれない。
なので松尾に木を持ってこさせ、その間にチェックし、もし変色していたなら気絶させ、いないのなら武器として
使用するつもりだった。咄嗟に思いついた方法だった。
「それにしても・・・真っ暗だっ・・・!」
「足元気をつけろよ・・・傷口を作るな・・・!」(もうお前しかいねえんだっ・・・!!松尾・・・!!)
川に反射する月明かりをみながら走った。川は土手と土手との間を流れる小さなものである。
都会育ちなので生で川を見るのは久しぶりだった。土手と土手とを結ぶ橋が架かっている。
道は崖で行き止まり、橋を渡る他に前を行く道はない。
俺らは橋を渡ったが木製なのでタンタンタンと鳴る。この夜には十分な五月蝿さを持っていた。
橋の中盤辺りまで来たところで
「おい、エンジっ・・・!前のほうで何か動いたっ・・・・・・」
と松尾が足を止めてそう言う。奴は眼が良かった。
眼を凝らすとたしかに橋のたもとで動く物陰がある。
だがなぜかそれは『安全なもの』というのが本能的に分かった。
「おいおい・・・逃げたほうがいいんじゃねえか・・・?なぁ・・・?」
「人喰いにしてはおかしい・・・もし人喰いなら叫んで襲い掛かってくるはず・・・」
やがて物陰は人影とわかった。距離にして約20メートル。
「ひ・・・人か・・・?人かよおいっ・・・」
俺は恐る恐る言った。
「はい・・・!!良かった・・・!!早くこっちへっ・・・!!」
と声がした。俺たちは安堵し、小走りで向かった。
「待てっ!!来るなっ!!!向こうだ向こう!!!」
男がそう叫びこちらへ向かってくる。
そしてすぐに
≪キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!≫
という叫び声。
どうやら向こう側に人喰いが現れ、避難しろということがその叫び声を聞いて0.2秒で分かった。
「マジかよォォォォ―!!」
俺たちは来た道を戻る中、松尾が急に止まって思わず奴の背中に体当たりした。
「なにしてん・・・!!」
「やべえよォッッ!!!」
「何がっ・・・・・!!」
「こっちにもいるんだよ・・・人喰いが・・・・・・」

第15話 橋上

人喰いは両岸に現れていた。要するに挟まれたってやつだ。
2人いる。
「駄目です!!こっちにも人喰いが・・・!!」
俺はとっさに叫ぶ。
≪ミャマアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!≫
人喰いも叫んでこっちへ向かってくる。
「チキショウッ!!こっちは俺が食い止めるっ・・・!!そっちを頼んだ!!」
男はそう叫んだ。
「まままま待ってまじで!!!どうすんだよ!!!」
松尾がテンパっている。
「どうもこうもやるしかねえんだよッ・・・・・・!!!」
人喰いが松尾に飛びかかる。
「ひぃっ・・・!!」
松尾は「眩しい」の体制を取る。
俺は一歩前へ出、カウンター越しに野球のスウィングの如き振りかぶりで人喰いの顔面に棒をヒットさせた。
人喰いは吹っ飛ぶ。年にしてまだ9,10くらいの少年だった。
「しっかりしろよてめえっ・・・・!!死にてえのかっ・・・!!」
もう一人の人喰いは30代くらいの女性。親子だろうか。
その女性は少年に目もくれず向かってくる。
「この野郎!!!」
松尾は棒を女性目掛けて投げた。棒は女性の横をかすめて飛んでいった。
「馬鹿っ・・・・・!!」
俺は女性を迎え撃った。少年も起き上がり松尾に襲い掛かる。
橋上に2人づつ対面に向かい合って並ぶ格好。
俺は両手を広げる女性の手を掴んで腹を蹴り、後方に飛んだところを野球スウィングで振りかぶり、あごを捉えた。
『バキッ!!』
衝撃で棒が折れる。
松尾はというと起き上がった少年の顔面を蹴る。というか足で押しただけである。
直ぐに起き上がる少年を見て松尾は後ずさる。
「どうすりゃいいんだよ・・・」
誰にも聞こえない声で呟く松尾。
≪アダアアアア・・・≫
少年は松尾向かって走った。
「うおわあああああああああぁぁぁ!!!」
狼狽した松尾は橋に手を掛け飛び降りた。
「松尾!!」

『ザパッ!!!』

少年も後を追い飛び降りる。
「ひいいいいいいいぃぃ!!!」
下で松尾の情けない声が聞こえた。
女性はあごを捉えられたためか脳にダメージが行き、立ち上がれないでいる。
寝たまま≪オオオオォォォゥゥ・・・≫と蠢いている。
俺は後ろを振り向く。橋は血まみれになっていた。
地には大人二人の死骸。倒したのだろうか。
男は振り返り「やったか・・・!?」と聞く。
「動けなくはさせました・・・でも友達が橋の下にっ・・・!!」
「何っ・・・!!」
男は端に手を掛け
「おい!!下には俺の落とした奴が一人いるぞ!!逃げろォォ――!!」
と叫ぶ。
松尾は土手に上がり走っている。その後を二人の子供が追いかける。
しかしこの暗さでは松尾らの動きなど2人には分からなかった。
「松尾ォォォ―――――!!!!!」
俺は叫ぶと
「エンジィィィ―――――!!!!!俺は大丈夫だ!!!ぜってえそっちに行く!!!待ってろォォ!!」
そう返事が返ってきたと思うと
≪キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!≫
と近くで声がした。
さっき男がいた橋の麓にまた人喰いが現れた。
「次から次へと・・・!!!」
男は自ら人喰いへ向かっていく。
そして腰に取り付けてある袋から細い棒を取り出し、人喰いの目に付き差す。
≪アギイイイイイイイイエエエエエエエエエエエ!!!≫
そのまま人喰いを押し倒し頭蓋骨に打ち込んだ。
『ペギョッ』と音を立て静かになった。
「ここはやばい、離れるぞ」
そう言って男は走り出し、俺は後を追った。

遠くで人喰いの叫び声が聞こえる。
松尾を追っている奴だろうか。
橋から少し離れたところに民家があり俺と男はそこへ入る。
男はライターで蝋燭5本に火をつけると忽ち中は明るくなった。
俺は男の姿を見て驚いた。男は全身にレインコートのようなものを身につけ、手には軍手と鍬、目元にはゴーグル、
口元にはハンカチを巻いていた。そしてどれもが血塗れだった。
「ちょっと川で洗ってくるから・・・・・さっきそうしようとしたらお前ら見つけたんだよ・・・・・・」
男はそう言ってゴミ袋を取り、外の様子を見、外へ出た。
男の声に聞き覚えがあったような気がするがマスクをしてよく分からない。
数分後、男はゴミ袋に衣類を詰め込んで戻ってきた。
俺は男の素顔を見て驚愕した。

 

「お・・・・あれ・・・あんた・・・・・オヤ・・・ジ・・・・・・・・・??」


第16話 再会

「オヤジ・・……なのか……………………??」
7歳までの記憶しかないがその顔はしっかり眼に焼きついていた。
老けてはいるもののこの男は紛れも無く俺のオヤジ、コウエンジだった。
「まさかとは思った・・・俺も・・・・・・エンジ・・・エンジなのか・・?」
ばさっと衣類を詰め込んだ袋が床に落ち、驚きと半笑いを混ぜたような表情でそう言った。
「エンジですよ・・・・・・・・まじかよ・・・まじでオヤジかよっ・・・・・・!!」
俺はつい敬語になった。12年もあっていないオヤジに再会し、どう喋っていいのか分からない。
「ですよ・・・って・・・親子だろうがっ・・・・・・!それにしても・・・でかくなったなぁ・・・お前・・・・・・・まさか・・・こんな形で再会するとはな・・・」
「ありえねえよっ・・・・・・!!なんでだいたいオヤジがここにいんの・・・・?
 まさかあのヘリに・・・?」
「ヘリ・・・?よくわかんねえけど・・・俺はここに住んでたんだよ・・・
 5年近くっ・・・」
「えっ・・・!!?」
「まぁ・・・いろいろあってよ・・お母ちゃんと・・・そんでまあ世間で言う蒸発・・・ってまあ許せっ・・・!!
 そこは謝る・・・悪かった・・・・・・!!」
そう言って土下座する。
「いや別に・・・なんとも思ってねえから・・・頭上げろよ・・・」
頭を上げるオヤジ。
「その母さんな・・・・死んだよ・・・・・・ついこの前・・・」
「な・・・・・なんだってっ・・・!!!」
「知ってるだろ・・・隕石が東京に落ちたの・・・・」
「いや・・・・知らんっ・・・・この島以外のことはまるでっ・・・・!!」
「まじかよ・・・・めちゃくちゃでけえ隕石が落ちて・・・・それに巻き込まれたらしい・・・・・
 だが死んだのかどうかはわからない・・・・・死体見てないしな・・・俺は生きてると信じてるけど・・・・」
「東京でそんなことが・・・・・」
「ああ・・・・大変なことになってる・・・・この人喰い現象もその隕石が原因とか・・・・」
「・・日本も終わりかもな・・・・・・・・・でよ・・・昨日までは普通の村だった・・・昨日まではっ・・・
 昨日俺が仲間と農作業してたときのこと・・・いきなり自衛隊の服を着た奴が走ってきてよ・・・」

昨日のことである。
「電話とかあるか電話とか・・・・・・!!?」と高崎隊員。
「いや・・・そう言ったものはないけど・・・・・」
「・・嘘だろ・・・・・・?・・・・・・ああああああああああああああああっ・・・・!!!とにかく逃げたほうがいいっ・・・・・・!!
 俺からっ・・・・・・!!東京で、ウィルスだがなんだか知らないけどそういうのが流行して・・・感染すると眼が
 黄色くなる・・・!!30分ぐらいで・・・!!どうだ俺の眼・・・・・黄色いか!?」
「いや・・・黒い・・・」
「これが黄色くなるんだ・・・黄色くっ・・・!その黄色い奴は無差別に人を襲う・・・!!そして体液が体内に
 入るとそいつも感染体になるんだっ・・・・・!!だから俺の眼が黒いうちに逃げたほうがいい・・・!!」

その話を聞いた俺はやはりあいつが元凶だったのか…と思った。
そしてオヤジは再び話し始める。
自衛隊の服をきたものなんているわけなかったからな・・・なによりも尋常じゃないその男の様子に
 驚いた・・・血塗れだったし・・・・・・ヘリってこいつと関係あんのか・・・・?」
「ああ・・・・その自衛隊の操縦したヘリで俺らは軍の施設に避難する予定だったんだけど・・・・機内で人喰いが
 暴れて・・・墜落した・・・・この島に・・・・そういえばその自衛隊は銃持ってたんだ・・・持ってくりゃよかった・・・・」
「何・・・・・!銃が・・・・?」
「ああ・・・・・・マシンガンだ・・・・・」
「取りに行こう・・・・・大きい戦力だ・・・・」
「無理だ・・・・・」
「なんでだ?」
「漁船の場所とまるっきり逆の場所だし・・・・・ヘリの人間がうようよいる・・・・・恐らく人喰いになってる・・・」
「くっ・・・・あまりにリスクがでかすぎるか・・・・・・・・・・話を戻すが俺はその時半信半疑だったが・・・とにかく逃げて・・・遠くから様子を見てたっ・・・!!仲間と二人で・・
 今から思えばその時殺せばよかったんだ・・・・アイツ・・・死にたくないからって逃げろとかぬかしやがってっ・・・・・・!!
 男は頭を抱えてわあわあ泣き叫んでたよ・・その後ふと仰向けになって静かになった・・・
 その後しばらく様子を見ても変化がねえんだ・・・・・仲間がちょっと見てくると言って男に近づいたんだ・・・
 やめろって言った・・・俺は・・・・・・・・・・・そいつが近づいて男の顔を覗き込んだ瞬間だ・・・・・・・・・男はばっと起き上がって
 仲間に噛み付いた・・・・・・・・・・・・・・鼻にな・・・・・・・・・・鼻ががぶりと食い千切られたのを見たっ・・・・・・・・!!
 そんで顔の肉とか喰ってた・・・・・俺は走って村の連中に伝えに言ったっ・・・・・・!!!
 だが相手にするもの皆無っ・・・・!!そりゃそうな話だが・・・・すぐさまさっきの男が俺のところまで来て
 村の奴らを襲ったんだ・・・・まあその時は殺すなんて思考はない・・・・とりあえず逃げて適当な民家に入ったんだが・・・
 小一時間もして外見たらバケモンだらけっ・・・・!!地獄・・・・・ピラニアの棲む池に放り込まれたような・・・絶望感・・・!!
 この村は60人程度の小さな村だが・・・・あっという間にほぼバケモン・・・・少数なだけに親交が深いからよぉ・・・
 殺せやしねえんだ・・・・情でっ・・・・・!!」
「情か・・・・」
「俺は武器を持ってなかった・・・・だからその家にあった薪を持ってハンカチ巻きつけて・・・・
 その家はちょうど海女さんの家らしくゴーグルがあった・・・・これをつけて家を出・・・・こっそりと足を運んだ・・・・
 だがまあ見つかった・・・・知り合いだったけど変わり果ててな・・・・腹ァ据えて向かったっ・・・・!!!
 薪でぶったたいても死なねえんだこれがっ・・・・俺は咄嗟に折れた木片で眼を突いたっ・・・・・・・・!!これが利いた・・・・・!」
「だからさっきその棒で・・・・」
「ああ・・・・いくら叩いても向かってくる・・・・・・・・・・・だが眼を潰すと痛がる・・・・要するに弱点・・・・盲点だっ・・・・・・・!!」
「そうだったのか・・・いいことを聞いた・・・・」
「自宅に戻ってこの雨ガッパを着て鍬持って・・・・漁船で脱出を目論んでここまできたんだ・・・・・そこでお前と会った・・・」
「そうか・・・・偶然にも俺たちも漁船に向かってたんだ・・・・・そういや松尾・・・・・」
「友達か・・・・」
「ああ・・・・・・・ちょっと見てくる・・・・・・」
俺は外に出た。

第17話 松尾
 
「なんなんだよ一体・・・・・・なんで俺ばっかり・・・・・」
松尾は川に落ちた後、少年とエンジのオヤジが落とした人喰いとに追われた後、小さな神社の影に体育座りの体制で息を潜めていた。
なるべく自分を小さい状態にしたいがために出た体勢だ。そしてそこは今現在エンジがいる場所と150メートルぐらい離れた場所である。
(神様ぁ・・・・・・・・助けてくださいぃぃぃ・・・・・もう人のもの盗んだりしねえよぉぉぉ・・・だからここから生きて逃げさせてくれよぉぉぉ頼む・・・)
普段神などを信じない松尾だったがこの時ばかりは神頼みだった。
≪ウゴルチイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!≫
『ビクゥッ!!』
心臓が止まりそうになった。
(ち・・・近ぇ・・・・すぐ側にいる・・・・母さん・・・父さん・・・俺死にたくないよぉ・・・)
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・・!!はっ・・・!!はっ!!」
あまりの恐怖で過呼吸のような状態に陥る。
(し・・・死ぬ・・・・死ぬのか・・・・死ぬか俺・・・ここでっ・・・・・)
「はっはっはっはっはっはっ・・・・・・!!」
松尾は横に倒れた。
「っはっはっはっはっはひはいひあひあはいあはいはいはひはいはひはひはひはひはひはひはひ・・・はひぃ・・・はひぃ・・・・はぁぁはぁーーーはぁーーっ・・・」
しばらくして呼吸が整った。そしてまた体育すわりの体制へ。
(エンジィ・・・・ごめんな・・・・・・必ず戻るって言ったけど・・・俺駄目かもしれねえ)
その時すぐそばでガサリと鳴る。
(なんだ・・・・・???)
明らかに風の音ではない。
(今の音は明らかに・・・・「人為的な音」・・・・・人為的な音は明らかに風の音とは異なるっ・・・・!!
やべえ・・・・やべえじゃんか・・・・)
松尾は口を押さえた。
しかしまた過呼吸が始まった。
(あああああああああああああこんな時にぃぃぃぃぃ!!!!)
「はひはひはひはひはひはひふふべふべぼっ!!へぼっ!!げほっげほっ!!!!はっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!
 ・・・・・・・・・・・・・・はっ・・・・・・・・・・~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
松尾は呼吸ができなくなりそのまま意識を失った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ぐ・・・く・・・・ああ・・・・・」
俺(松尾)は眼を覚ました。
(そうか・・・・気絶して・・・・・・・・・・良かった・・生き・・・てる・・・・・)
そしてふらふらと立ち上がり神社の影からふらふらと出た。
(いないようだな・・・・奴らは・・・・)
人喰いがいないことを確認すると俺は走って橋まで向かう。
(エンジィィィ・・・待ってろよ~・・・俺は生きてるっ・・・・!!!)
しばらくして橋が見えた。
(あった・・・橋だ・・・・!!)
「エンジ―――!!!俺だ!!」
俺は橋までつくとそう叫んだ。
するとガラリと側の民家の戸が開く。
俺は満面の笑みで「エンジ!!」と言う。
「松尾っ・・・・!!」
「良かった・・・・どうだ・・約束果たしたぞ・・・・俺・・・・・少しは見直したか・・・・・」
「松尾・・・・お前・・・・・」
「へへ・・・ちょっと怪我はしたけどよぉ・・・無事だぜ・・・・」
エンジの横に人影が現れた。
「あ・・・さっきの人じゃないすか・・・・初めまして松尾です・・・・へへ・・・」
「・・・・・・・・君が松尾君か・・」
「ええ・・・・・へへ・・・・」
「頼む・・・・オヤジ・・・・」
エンジはそう呟く。
横の人はするりと鍬を持った。
「待て・・・・・!!オヤジ・・・・!!」
エンジがそう言うがその人は足を前へ一歩踏み出す。
「どうしたんすか・・・・二人とも・・・・まさか人喰い・・・?」
「そうだ・・・・松尾君・・・・・」
「オヤジ!!」
エンジが男の肩を掴む。
「離せエンジっ・・・・・!!」
「それだけは無理だっ・・・・!!なんと言おうが・・・絶対にっ・・・・・・・・・・・・・・・・!!!」
「さっきっからオヤジオヤジって・・・・・なんなんだ・・・?」
「ああ・・・・俺のオヤジなんだ・・・」
「えっ・・・えええ―――!!マジかよ!!さっき話してた例の・・・・マジかよォォ―――!!
 よくこんなとこで・・・!!」
「俺も驚いたよ・・・・」
「松尾君・・・その腕はどうした・・・?」
エンジのオヤジが俺に聞いてくる。
「ああこれ?・・・・・そうなんスよ・・・・・・なんかしらねえけど・・・・・・・ねえんスよ・・・・・・左腕が・・・・・・でもこれはだいじょぶ・・・・・・・・
 知らないうちに・・・・・・なかったから・・・・・・それよりさ・・・・・・・・・いねえじゃあねえかよ・・・・人喰いなんて・・・・・・・・なあ・・・・・・?
 どこにいんスか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 人喰いがよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 エンジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ―――――――――――――――!!!!!!!」
ばっとエンジのオヤジは俺に向かって走った。そして鍬を振り下ろす。俺は後ろに身体を反った。
「ぐゎぁっ!!!」
鍬は俺の鎖骨に刺さっていた。
「松尾ォォォ!!!人喰いはお前なんだよォォォ!!!!」
エンジが泣きながら叫ぶ。
『ゴッ』と鍬はおでこを直撃、俺はぺたんと尻餅をついた。
「なんで・・・・・・・殴るんだよ・・・・・・・・・」
俺は震えた声でそう言い、動じず立ち直る。額から冷たいものが顔を流れ落ちた。
痛みなんて感じなかった。そしてなぜか本能的に叫びながら反撃にかかった。
しかしエンジのオヤジが上に構えていた鍬を脳天に喰らった。目の前の風景が揺れた。

「生きて帰ったら・・・・行こうなぁ・・・・コブシ・・・」
俺はエンジに向かってそう笑顔で言った。

『ガッ!!』

鍬はもう一度頭蓋に直撃、そのまま地面に顎からぶつかり、脳漿をぶちまけて松尾は意識がプツリと切れた。

第18話 理由  
   
「ヒック・・・・ヒック・・・・・」
(松尾は・・・大学に入ってから・・・初めてできた友達だった・・・・)
鍬で穴を掘りながら松尾と共に過ごしてきた日々の情景が脳内に駆け巡る。
コブシで一緒に昼飯を喰ったこと・・・バイクを盗んだこと・・・カラオケ屋・・・ボーリング・・・酒・・・。
「松尾ォォ!!」
俺は泣きじゃくった。そして松尾を地面に埋葬した。松尾のタバコを一本線香代わりに挿した。
「済んだか・・・・・・」
「ああ・・・・・・」
「今は静かだし・・・・・今のうちに漁船へ行くぞ・・・・・・・・・・」
「ああ・・・・・・」
「ほら・・・・これ・・・」
オヤジが細い木の棒の束を紐で巻いたものを出す。
「アレが出たら・・・・・とりあえず刺せ・・・・・隙が出来る・・・」
「ああ・・・・・・」
適当に返事をする。オヤジの声は耳から耳へと通り過ぎているる。
「・・・・・ショックか・・・・落ち着いたらこい・・・・今のお前じゃ・・・バケモン一匹一人殺せない・・・・」
オヤジはそう言って民家の中に入る。
「松尾・・・・」
俺は土に挿したタバコの煙を見ながらそう言った。
(松尾は・・・・わからなかったのだろうか・・・・自分がなってしまったことに・・・・)
松尾は俺と沢田の弟分のような奴だった。奴の前では生意気面していた俺たちであったが、
自然とそういう関係になったわけで、下に見る、とかそんな気はなかった。沢田はどうか知らないが。
俺も昔パシリをさせられていた時期があったのでそういう奴との付き合いを、まあ多少の優越感のようなものはあったが俺は上手く出来た。
事実、沢田よりも松尾と遊んだ回数のほうが多い。
恐らく松尾は気付いていただろう。自分が人喰いになったことに。
しかし負けず嫌いな性格と、信じたくないという思いが松尾をそうさせた。
現実逃避のようなものだ。松尾が死ぬ間際に言ったコブシへ行こうという一言、これは松尾なりの皮肉だったのだろう。
死を覚悟したんだ。
俺は松尾を殺したオヤジを恨むことはできないが、決して恨んでないわけではない。

鮮明に松尾の笑顔が脳裏に浮かび上がる。

俺は立ち上がって民家の中に入った。

「オヤジ・・・・」
「・・・・大丈夫か・・・・・・?」
「オヤジはなんでここへ来たんだ・・・・・・」
「そうか・・・・・話してなかったな・・・・・・」
「ここ・・・・・昔きたことあるんだろ・・・・?」
「!?・・・・・・・なんで知ってるっ・・・!?」
「矢崎とかいう人が言ってたんだ・・・・・さっき死んだけどな・・・・」
「何!?」
「その人がオヤジを騙したとかで・・・・」
「奇妙なことが起こっているな・・・・・まさか奴と会っていたとは・・・・・」
「話してくれよ・・・・・・全部・・・・」

オヤジは包丁を研ぎながら淡々と話し出した。矢崎とのことを。
そして巨人暴走事件のことを。

「俺がエンジの前からいなくなったのはな・・・・・まあ借金でな・・・・・そのさっき話した2億・・・・あれはまあ
 今お前が住んでいる家とか養育費に使った・・・・けどまだ1億ぐらい残ってたが・・・・それを湯水の如く・・・
 まあいろんなものに使って・・・・・・・・・・・・・
「ギャンブルか・・・・」
「くっ・・・・・・そうだ・・・・・」
「聞いてるよ母さんに・・・・それで愛想つかして・・・・」
「・・・・・・まあ母さんとは仲が悪かったわけじゃあないんだ・・・・・ただ俺が豪遊・・・ギャンブルで金を使っちまったときに・・・・・
 俺なんにも職にもついてなかったからな・・・・・・・・・・・・
 その頃だな・・・・・母さんが働き出したのは・・・・俺はもう母さんに顔見せができなくなって・・・僅かに残った金で
 旅をした・・・・・・」
「旅・・・・・」
「その時な・・・・岩手の飲み屋である男と仲良くなって・・・・・・・・・・・・・・
 不安でしょうがなかったもんだからとりあえず東京を離れたかった・・・
 ・・・それで旅をしていると言うと・・・・「あなたのようなひとにはぴったりのサークルがあるんです」とかいって・・・・・
 自然は好きですかと聞いていて・・・まあ嫌いじゃないって言うと・・・そいつは色々話し出して、
 無人島で自給自足で生活をする計画を立てているサークルの人間ということがわかった・・・・」
「サークル・・・・」
「この島は電気が一切通っていない・・・・・・・・・まだ電気が発明されていないころの時代を
 体験するとか・・・・東京に愛想つかした人間達を集めてとか・・・・・なんかそんなで・・・・・俺はよくわからなかったけど・・・・促されて入った・・・・それに・・・・
 酔ってたし・・・・そしてここへきて・・・・・・農業漁業の分担を決めて5年生活してたってわけさ・・・・・まあやれるもんだな・・・・
 自給自足って奴も・・・・・まあ肥料とか種は月に一回漁船で仕入れに行くんだが・・・・それ以外は至って・・・・原始的・・・・・
 それで・・・・流れでここまできちまったんだ・・・・いつでも帰れたからいつか帰ろういつか帰ろうってな・・・・・ずるずる・・・・と」
「そうだったのか・・・・・・そこに俺らのヘリが・・・・・」
「ああ・・・・・ここへきたのも何かの因果なのかもな・・・・エンジと会えたし・・・・俺の帰るきっかけが出来たし・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな・・」 

第19話 犬

『ピチャピチャ・・・・』
オヤジと俺は家の小窓の竹で出来た格子の間からさっき殺した橋の上の死骸を喰う奴らを見ていた。
「どうやら奴らは死んだ仲間の死骸は喰うらしいな・・・・最も・・・・生きてるときは仲間以外の生命体を襲う習性らしい・・・・」
人喰いが去るのを見計らうとオヤジは俺に布とゴーグル、レインコート、モリと包丁を渡した。
「これでいいか・・・・?それともこれがいいか・・・・・・・?」
そう言って鍬を手にする。
「いや・・・これでいい・・・あとこれ・・・・・」
俺はレインコートを見てそう言う。
「それはお前が着ろ・・・・・・親が子を心配するのは・・・・・・・・・当然だろっ・・・・・・」
「・・・・・・・・わかった・・・・」
「モリはメインとして使え・・・・・眼を狙うんだ・・・・・接近戦になったら包丁を使え・・・・・!!」
人喰いと戦うときはなるべく離れた方がいい。血を避けるためだ。
その為、リーチの長い武器が重宝する。
俺はレインコートを着、布を口に巻く。
「行くぞっ・・・・・・・・・・・・!!」
『ガラリ』
戸を開ける。
「漁船はこの道をまっすぐ行ったところにあるっ・・・・・・・約1キロ・・・・・その間いくつかの家があるから気をつけろ・・・・・」
俺たちは忍者のような小走りで進んでいく。
「うわ・・・・・・・」
5分ぐらい経った頃、前方に死骸があった。
内臓が抉り出されている。
「こいつは・・・・・餌にされたらしいな・・・・・人喰いになる前に死んだのか・・・・・はたまた誰かが殺したのか・・・・・・・・」
その時俺は何か音がしたのを耳にした。
「なんか・・・・・音がする・・・・・・!!」
二人は耳を澄ました。
『タタタッタタタッタタタッタタタッ』
「後ろだ!!」
振り返ると犬が走って向かってくる。
「い・・・・・犬っ!?」
「眼が・・・・黄色い・・・・!!」
犬の目は黄色かった。俺は一瞬の絶望を感じた。
「殺せっ・・・・・・・!!!」
犬は俺に飛び掛ってきた。咄嗟にモリを突き出すがモリは空を斬る。
俺は左足を軸に左回転しながら突いた為、バランスを崩し、尻餅をついた。
犬は俺の前方に着地する。
「くっ・・・・・!!」
オヤジが鍬を犬に振り下ろすが犬は狡猾にその身を俺目掛け飛び掛り、鍬は僅かの差で地面を突き刺す。
俺は咄嗟にモリを包丁に持ち替え、飛び掛ってきた犬の下あごに、後ろに倒れながら突き刺した。
『ブツッ!!!』
≪ガガガガウ!!!≫
犬は包丁に突き刺さりながら中空でばたばたしている。俺は血がつかないように顔を横に背けていた。
俺はすぐに包丁を犬もろとも地面に突き刺し、犬の上あごと地面を貫通させた。
俺は包丁を手から離し、地面と一体となった犬から離れた。
オヤジが仰向けの犬の腹に鍬を振り下ろしとどめをさした。
犬はピクピクしている。
「はぁっはぁっはぁっ・・・・・・・・・・!!」
「まさか・・・・犬までなってたとは・・・・・!!」
「こりゃ厄介だぜ・・・・・・」
「あれ・・・・喰ったのもこいつかもしれん・・・・・・」
あれとは側にある死骸のことである。オヤジはその死骸を犬が食べ、喰人犬になったと推理した。
人喰いが犬を襲ったのかもしれないがどちらにしろ厄介なことに変わりはない。
「オヤジ・・・・・犬ってこの島にどれくらいいるんだ・・・・?」
「5、6匹・・・・今殺したからあと4、5匹はいるな・・・・それもこの辺に・・・・!!」
「まじいよ・・・・また出てきたら今みたいに殺せるかわかんねえ・・・・・ただでさえ犬ってのは人を襲う・・・・それが更に・・・」
「今更嘆いてもしょうがねえっ・・・・!!早く船へ行くぞっ・・・・!!」
しかし恐れている事態というものは奇妙なことに起こってしまうものである。
俺たちの前方に犬が2匹と男が一人、眼を黄色くして涎をたらして睨んでいた。

第20話 覚悟

うーうー唸っている喰人犬。うじゅるうじゅる言っている男。
元来、凶暴性を持っている犬が人喰いの血を得たことにより更に野性味を得、凶暴化したことは言うまでもないが
それはつまり最凶ということを意味している。
犬の種は雑種なのか土佐犬なのか分からないが、栗色、茶色をしていて中型。
顔がいかついく、闘犬にいてもおかしくないような犬である。
犬が側の男を襲わないのはやはり同類と考えているからだろうか。眼の黄色いものは何らかの電波のようなものを発し、
お互いを識別しあっているのだろうか。
俺は既に「死ぬ前の一言」を考えていた。死を確信していたからである。その時オヤジが
「エンジ、安心しろ。俺たちは・・・・・・・・・・ここぞという時に強い・・・・・さっきだってそう・・・・・・
 常人なら咬まれていた・・・・・・それをお前は咄嗟の判断でモリを包丁に持ち替えた・・・・・その機転・・・・・!!判断力・・・・!!
 瞬発力・・・・・・!!普通の人間が出来ることでは・・・・ないっ・・・・・!!」と言う。
「そうは言ったって・・・・・・・死ぬときは死ぬ・・・・・無理だ・・・・2匹も・・・・・」
俺がそう言ったところで犬と男は絶叫、襲い掛かってきた。
犬は2匹、こちらも2名なので一人一匹やればいいが、そうは簡単な話ではない。
それに男も一名いる。これの処理が問題だ。
俺はオヤジ、と言い、包丁を投げた。鍬ではやりにくいだろう、と判断した為である。
オヤジは自動的に手が動いたような動作で包丁を大事そうに受け取り、鍬を地に捨てた。
俺の前の犬は俺の首を狙ったのか、顔面に飛んできた。
俺はモリを槍投げのような格好に構え、うおおおおおおおと叫びながらモリを犬の口内に突き刺した。
これで安心してはいけないのが喰人犬である。これだけじゃ死なない。
とりあえず俺はモリの柄を足で踏み、犬を行動不能にした。男が向かってくるからである。止めを刺す暇がない。
そして俺を襲うことを選んだ男の目にまたしてもうおおおおおおおと
叫びながらオヤジに貰った枝で眼球を貫く。オヤジの言うとおり男は怯んだ。
その間に俺は踏んでいたモリを地に突き立て、下に押す。するとどうだ、犬が串刺しになり、このまま丸焼きにでも
できそうな格好になる。さすがに死んだろう。俺はモリを犬から引き抜き、うろたえる男目掛けてモリを向かわせる。
グスッとモリは刺さるが、と同時に包丁も男の心の臓を、正確に、背中越しに貫いていた。そう、オヤジである。
どうやらオヤジも犬を絶命させるのに成功したようである。
オヤジ側の犬の死骸は頭から頸にかけて二つに裂かれている。聞くと、どうやら鼻先に包丁を突き刺してから後ろに回り、
馬乗りになって包丁を手前に引き、裂いたようである。
「言ったろう・・・・・死なないと・・・・」とオヤジが言い、立ち去ろうとするとき、俺たちは驚愕した。
犬が2匹、よろよろと立ち上がり、向かってくるのである。
まさか、とオヤジは言うが実際に生きている。どうやら、急所である心臓と脳を破壊していなかったらしい。
俺は串刺しにしたものの心臓には刺さっておらず、オヤジの方は頭部を裂き、頭蓋を囲む皮を裂いただけで脳はノーダメージ。
オヤジ側喰人犬はピンピンしている。が、武器である牙が噛み合わない為、恐れることはなさそうである。
オヤジは素早く鍬を取り、厄介なこっちゃ、と言って思い切り鍬を振り下ろした。
犬の頭部が中空を舞う。どさっと地面に落ちた犬の頭部は痙攣していた。
俺側喰人犬の方はとろい動きをして肛門から血交じりの糞尿類を垂れ流しながら右往左往している。
オヤジはほっとこう、と言うので俺たちはその犬を尻目にその場を通り過ぎた。
どうやら俺たちは人食いを殺すコツを得てきたようである。
というか人食いは向かってくるだけで防御する、ということをしないので落ち着いてやれば比較的楽に殺せる。
犬だと動きも素早く、凶暴なのでそうはいかないが、対人に関してはかなりコツを掴んできた。
まず、眼が弱点と言うのが大きい。一時行動不能にできるというのがでかいのである。
「もうそろそろだ」と言うオヤジの台詞に俺はほっと安堵し歩を進める。
50メートルくらい先に屋根と足だけのある建造物がある。中にはベンチ。
「あそこだ」
前方には海が広がっていた。動物の気配もない。俺はやっと逃げ切れる、と思った。
しかしどこへ、だ。それよりもまずは携帯が圏外にならない場所まで行くことが不可欠だった。
「よし、ボートを・・・・・・・」
オヤジがそう言いかけたところで動きが完全にストップしてしまった。


「どうした・・・・オヤジ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
黙ったままである。
「早く・・・・・・オヤジっ・・・・・!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・ない・・・・・・・・・・」
「え」
「ないんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ボートがっ・・・・・・・・・・・・!!!!!」
「ぅあぁっ・・・・・・・・・・!!??」

第21話 窮地

ボート乗り場には桟橋が架かっているだけでボートらしきものは見当たらなかった。
ただ、ボートを結びつける紐が水中を漂うばかりである。
「誰かが・・・・・・・乗って行ったんだ・・・・・逃げるために・・・・」とわなわな震えながら言うオヤジ。
「マジかよ・・・・・嘘だろ・・・・」
「たかを括ってた・・・・・・・・・俺たち以外に生存者がいないと・・・・・・たかをっ・・・・・・・・・・・!!」
「どうすんだよ・・・・・・・・ここから・・・・立ち往生じゃあねえか・・・・・・!!」
「大丈夫だ・・・・・・・死なん・・・・・俺たちは・・・・そうだろう・・・今までそうして窮地を乗り越えてきた・・・・・」
「だけど今回ばかりはもう・・・・・打つ手なしって言うか・・・・・・どうすることもっ・・・・・!!」
「考えようっ・・・・・!!・・・・・・・・・・・・イカダっ・・・・・・・」
「無理無理・・・!!イカダなんて作ってる余裕なんて・・・・・この島の人喰い全員を殺害してからならまだしも・・・・
 まだ何十人いると思ってんのっ・・・!?それに食料・・・・・・もう限界っ・・・・・!!自由に探し回ることだって出来やしないっ・・・!!」
「吐くな弱音っ・・・・・!!吐くなっ・・!!弱音っ・・・・・!!なんとかなる・・・・それが人生ってもの・・・・!!なんとか・・・・・なんとかなる・・・!!」
そう言ってオヤジはベンチにどさっと腰掛けてタバコを吸う。
「クソっ・・・・・ラスイチっ・・・・・!!」
「せめて携帯が使えれば・・・・」俺は携帯を握りながら呟く。表示は圏外。
「携帯・・・・・?そういえばあの隊員・・・・電話を探してたな・・・・・・・」
「でもないんだろ・・・・この島に電話の類は・・・・・」
「待てよ・・・・・ヘリ・・・・・ヘリだ・・・・・・!」
「故障してるっ・・・・・・」
「直すんだっ・・・・・・ここを出る乗り物と言えば・・・・それしかないっ・・・・」
確かにボートがない今、ここを出れる唯一の希望といえば墜落した軍のヘリコプターのみである。
「海が無理なら空っ・・・・・・!!行くぞっ・・・・・・!!ヘリの所までっ・・・・・・・・・・・・・!!」
「マジかよ・・・・・・・・・・・・」
「賭けるしかない・・・・・・・・・・・・」
「無理だったら・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・言うなっ・・・・・・信じろっ・・・・・!!」
「それは・・・・無謀って奴だぞ・・・・オヤジ・・・・逃げた奴らがこの島のことを誰かに言うのを・・・・・
 それを待うのはどう?・・・・・・安全策・・・・・」
「大人しくじっとしてられるかっ・・・!!無謀だろうがなんだろうが今やれることをやれっ・・・・・!!安全策など・・・・・逃げっ・・・・いわば逃げっ・・・!
 保障なんてどこにもないっ・・・・・己で道を作るっ・・・・・!!活路をっ・・・・見出すんだっ・・・・・・!!
 さもなければもれなく俺はお前を殴るっ・・・・・・・・・・!!」
「分かったよ・・・・・・・」
俺たちは来た道を戻り始めた。

第22話 君島

「うわ・・・・またかよ・・・」
俺たちはオッサンと出会った付近まで到着し、また人喰いと思しき男を見つける。
それまでに5人は殺害した。眼球を突いた後、心臓を貫くと言う正攻法をやって、だ。
前方の男はよろよろと歩いているが俺たちの足音に気づいて振り向いた。
「・・・・・・あれあんた達見た所普通の人だね」
男の眼は正常の黒色、人喰いではないようだ。七三分けをした蛙似の小柄な男である。
「あ、あんた君島さんじゃない」
オヤジはそう言う。顔見知りのようだ。
「知ってる人?」
「知ってるは知ってるんだが・・・話したことはない・・・」と小声で言う。
「そうだよ。僕は君島。あなたは・・・・甲さんだっけ?」
「ああ・・・・甲コウエンジだ」
「そっちのは?」
「息子」
「息子なんていなかったでしょ?」
「昨日きたんだ。不時着したヘリに乗って」
「ヘリ?さっきからわけわかんないこと言って、僕をだましてるんだろ」
「そんなことはないですよ・・」
「ねえ、ところでどこに行くの?」
「いやだから・・・今からヘリのところへ」
「ヘリ?」
「海岸にあるんだ。ヘリが」
「へぇ・・ヘリねぇ・・」
「それじゃ・・」 
 
そう言って君島を通り過ぎた直後、背後で銃の乱射する音が聞こえた。
俺はあまりにびっくりして体をぶるっとさせた直後振り向いた。
君島がカービンライフルを持って空を撃っていた。銃口からは煙。自衛隊が持っていたものだろう。
「君島さん、いいもの持ってますね」と苦笑いのオヤジ。
「だろ?あげてもいいけど今更遅いよ。昔からみんなで僕を馬鹿にしてるの、知ってるんだ」
「それは・・謝るからさ」
「今更遅いって言ってんだろ!いい加減にしろ!みんなそうだ!いつもいつも・・・」
そう言ってぶつぶつ小声で何か言う君島を見つつ、オヤジが歩み寄る。
「近づいたら撃つ!!」
「後ろ見てみなよ君島さん」
後ろを振り返る君島。背後に2人の人喰いが走ってきている。
君島はそれを撃つ。
「なんなんだろうね、あいつら。さっきっから叫んで襲ってくるんだ。甲さんは知ってる?頭おかしいよね。」
と言って振り返ったと同時にオヤジが君島の右頬を思い切り殴った。
パンという快音が響き言って倒れる君島。オヤジは銃を奪った。
「それじゃあお元気で」
オヤジは走って俺の横を通り過ぎざまに「行くぞっ」と呟いた。
俺もオヤジの後に続いて走る。銃があれば鬼に金棒。もう怖くない。ということを思考中、
背後にひたひたと足音が聞こえた。振り返ると君島だった。笑っている。その口の端からは血が垂れている。そしてその目は黄色く変色していた。
「ギギギギギ」と引き攣った表情で追いかけてくる。
「オヤジ!」というと同時にオヤジは銃を乱射。君島は小躍りしながら絶命した。

第23話 海岸

俺たちは海岸に続く雑木林を走っていた。もうすぐで海岸だった。
その時オヤジがずざっと止まる。
「どうした?」
真横からがさっと音がすると人喰いだった。片目がない。代わりに蛆虫が詰まっている。
よくみると臓器が抉り出ていて、ふな虫のようなものがびっしりとこびりついていた。
うううううと言っている。俺はモリで突こうとするが、虫汁が飛び散るのがいやなのでその場を退却、オヤジに任せた。
オヤジは目をそむけながら銃を乱射。人喰いの頭部は崩壊してぴくぴくしている。

やがて海岸にたどり着くと砂浜に人喰いが漂っていた。俺らに気がついたのか砂浜の人喰いは岩を登り向かってきた。
しかし何のことはない。退路のない俺たちは無防備の人喰いの顔にモリや鍬を
突き刺して落下させる。それでも上ってくるもんだからなんだか可哀相になってきたが有無を言わさず殺した。
見覚えのある顔も多数、いる。新宿東口駅前広場の時から知っている顔もいる。

十数分して砂浜に死体の山ができた。
 
第24話 修理

俺たちはヘリに向かった。ヘリの外観こそ窓ガラスが割れたりしているだけで異常はないものの、
操縦士の高崎の話によると彼は、隊長殺害のため、銃を乱射し、操縦席を故障してしまったと言っていた。
「うわ・・・・」
「キツイなぁ・・・」
中をのぞくと数人の死体と隊長の死体。蠅がたかっている。ほぼ原形をとどめていない。恐らくは食料として人喰いが捕食していたのだろう。
俺たちはとりあえずその死体を機外に掃いて、ヘリの機動を試みた。
「どうすりゃあいいんだこれ・・・・・・・・・・・・・・」
試行錯誤する俺とオヤジ。
「これがエンジンか・・・・・・・・・?」
キーのついたところを押したり捻ったりしてみたが駄目。
「うーむ・・・・・・・・・・」
「やっぱり駄目か・・・・・・・・・・」
俺たちは意気消沈した。仮にエンジンが動いたとしてもヘリなど触ったのが始めたの俺たちにヘリを発進、操縦できるかも分からない。
「待てっ・・・・・・・・・・・これは・・・・!!」
オヤジが何かに気づいて手に取る。無線機だった。マイクを取って呼びかけるオヤジ。
しかしそのマイクのコードが既に千切れていた。
「・・・・・くっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
悔しげにマイクを投げつける。
「お前機械事詳しくないのか・・・・・!?俺は全くわからんっ・・・・!」
「バイクの修理なんかは結構やってるけど・・・・・・・さすがに・・・」
「十分っ・・・・十分だっ・・・・・・・・!!それで十分っ!御の字・・!代われ・・・・頼むっ・・・!!」
俺は操縦席に座って暫し腕を組む。
「何やってるっ・・・・・早く・・・!!」
「いやちょっと・・・気にかかったことがあって・・・・」
「何・・」
「操縦士はよ―、ヘリは動かないって言ってた・・・・それは恐らく不時着してから気づいたもんだと思うのよ。
 そうじゃなかったら機体の頭から落ちてたはずだし・・・・だから操縦はできると思うんだよね・・・まあ壊れてない・・・
 少なくとも隊長を乱射してるとき地上から20メートルくらいあったから・・・・
 だからまあ操縦は出来るんだ・・・・・・・問題は最初の段階が駄目ってこと・・・・・エンジンていうのか・・・・
 奴も相当パニクってた筈だし動かす余裕なんてなかったのかもしれないが・・・・・・だからまず電話を探した・・・・・・・
 無線が使えないから・・・・」
「じゃあそのエンジン的なものを・・・動かせばいけるということか・・・?」
「ああ・・・・・多分これ・・・・これさえ動けばあとは大丈夫かもな・・・・・・・」
キーのついたところに俺は手を触れる。
「恐らく・・・・・回路が断線してる・・・・・その証拠にここに弾痕が数個・・・・・・あと弾痕といえばこの空調機とかだし・・・・
 操縦に関係なさそうなとこばかり・・・・・・」
「じゃあその線を繋げば・・・・・・・・・・」
「ああ・・・・・・・・動くはずだっ・・・・・・・・・・!!」
俺は弾痕の部分を包丁などを使い破壊、カバーであるプラスティック製の板を外す。
「ほらこれ・・・・・・・・・繋がってる・・・ここと・・・・」
キーを動かすと中のものが自分の指と連動してクイックイッと動くのが分かる。
「は、早く繋げっ・・・・・・・!!」
「わかった・・・・けど線がこれ以外も結構オシャカになってるから時間がかかりそうだ・・・・・・」

数十分して俺は断線を繋げた。
「ふう―――・・・・・・さて・・・・」
「不味いっ・・・・・・・・・・・!!」オヤジが振り返って言う。
「どうしたのっ?」
「人喰いだ・・・・・・大群の・・・・・・」
外を見るとどこから嗅ぎ付けたか知らないが人喰いが十数人、岩の上に立っている。
「早く・・・・・・・・・動かせっ・・・・・・・・・・・!!!」

人喰いの群れが一斉に駆け出してきた。
「う・・・・うわあああああ―!!!」俺はキーを回すと上部でヴインヴインとなるのが聞こえる。プロペラが回っているのだ。
「よしっ・・・・・・今は俺が食い止めるっ・・・!!」
オヤジが窓から身を乗り出して銃を乱射。
≪ピギー!!≫
倒れる数人の人喰い。
「あっ!!」
一人の人喰いが機体の上に上ってきた。
「気をつけろっ・・・・・!!上から来るっ・・・・!!」
俺はそんなの耳に入らない。
「くそ~どれだよ・・・・どれだよ飛行するのは・・・・!!」
プロペラが動いても離陸しなければ意味がない。俺は虱潰しにレバーやらボタンやら押し捲る。
『ゴンゴンゴン』
機体の天井から音がする。それは直ぐに足音と分かった。
しかし
『メキャパキャパキョッ!!!ブルルルルルルル!!!!!!』
という尋常ではない音が聞こえた。
「馬鹿がッ・・・・・・・・!!ミンチになりやがったっ・・・・・・・・!!」
それは人喰いがプロペラに巻き込まれる音だった。俺は今のでプロペラがオシャカになっていないか心配だった。
肉片が海岸に飛び散る。機を降りて銃を乱射するオヤジであるが、
「あ・・・あっ・・・!!」と情けない声が聞こえた。
『カチャッカチャッ』
「チクショウ弾切れだァッ!!!!」
オヤジはモリを取って応戦。残りは11人。
「行くか俺も!!?」
「お前はいい!!動かすことに集中しろっ・・・・!!」
オヤジは11人の人喰い相手に一人で立ち向かう。
(このままじゃ確実に死ぬ・・・!!)
「ここまできて・・・・・・・・・・・・クッソォォォォ―――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
俺は叫んでハンドルを思い切り動かした。


『グォンッ・・・・・・・・・』


機体が大きく揺れた。
そして宙にふわりと浮く感じを全身で感じ取った。
「う・・・動いた・・・・動いたぞ・・・・・!!!」

最終話 脱出

「動いたっ・・・・動いたっ・・・・・・!!」
宙に浮くヘリ。
『バババババババババババ!!!!!!!!』
風を受け砂浜でよろめくオヤジと人喰い。
「早く・・・・・!!」
オヤジはヘリの足に間一髪捕まる。しかし、そのオヤジの足に捕まる一人の少年。
「アイツは・・・・・!!」
それは紛れも無くエンジが森で気絶させた物置小屋で出会った少年であった。
「なんてことだっ・・・・・・・・・!!あの時殺しておけば・・・・・!!!」
オヤジは両手で捕まっているため足をばたばたさせて振り落とそうとする。
少年はズボンの裾に捕まっているため噛む事ができない。
俺は操縦に専念した。途中転覆したボートが目に入った。島民が脱出用に使ったものだろうか。
だが今はそんなことを考えている暇はない。
「段々分かってきた・・・・・死ぬなよオヤジ・・・・・!!」
ヘリは島を抜け、海を飛行する。
「喰らえっ・・・・!!」
俺は水面にヘリを近づける。
『ジャババババババババ!!!!』
ヘリの推進力と海水の抵抗力を利用し、落下させようと少年一人が海に入るぐらい、ヘリを低空飛行させる。
俺は時折窓から見るが、少年はまだ離さず掴んでいた。更に上がってきてる勢いだ。
オヤジは苦悶の表情。
「・・・・・・・・・・・・・・・!!!」
オヤジが何か叫ぶが聞こえない。
「クソッ・・・・・聞こえてないか・・・・・!!その場で停止しながら飛行できるか・・・浮遊できるか聞いてるのにっ・・・・!!」
オヤジは手を離し、少年を海で溺死させてからもう一度ヘリに捕まると言うことを考え付いたが
それに俺が気づかず行ってしまったら元も子もない。オヤジはズボンのベルトに片手をかけた。
「こんなところでズボンを脱ぐ羽目になるとはっ・・・・・!!」
ベルトを外していると握力が限界な事に気づく。
「不味い・・・・・・!!」
ベルトとホックを外すとずるるっとズボンが少年の重みで脱げ、ズボンもろとも落下する少年。
そしてトランクス一枚になったオヤジも握力が続かず間もなく落下した。
俺はちょっとしてからオヤジが居ないのに気付く。
「あっ・・・・・!!居ないっ・・・・・・!!!落ちたかっ・・・・・・!!旋回しなきゃっ・・・・・・・・・・!!」
ハンドルを左いっぱいに傾ける。ヘリは左に曲がる。そして180度したところでハンドルをニュートラルな状態に戻す。
200メートルくらい進んだところに人が見える。
オヤジだ。すぐそばに少年。水掻きをしている。ヘリがオヤジに近づいていく。手を挙げるオヤジ。

「捕まれ―――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!」

『ゴワッ!!!!!!!!!!』

 

『バババババババババババババババババババ・・・・・・・・・・・・・・・・』

数時間後、ヘリは何かの建物にぶつかり、東京のどこかに不時着した。
「いてて・・・・・・・・・・・・・」
「これは・・・・・・・・・・」
ヘリを出て足元を見ると自由の女神像が落ちていた。
「ここは・・・・・・・・・・・お台場かァ!!!??」
見上げるとCX、フジテレビがある。あの有名な銀の球体は辛うじて残っているものの
建物はぼろぼろになり、虫喰いのよう。あの原爆ドームを髣髴とさせた。
普段人でにぎわうお台場は死の街、ゴーストタウン、ネクロポリスと化していた。
もはやその原形をとどめていない。

「核だ・・・・・・・・・・・・・」
「え?」
「核を落としやがった・・・・・・東京に・・・・・・・・・・!!」

日本政府はこの事態を深刻に受け止め、アメリカに援護を要請。
アメリカは直ぐさま日本に米軍を派遣、人喰いの浄化作戦に乗りこむも、
ねずみ算式に増殖していく人喰いに想像以上に苦戦。
挙句、米軍の中にも人喰いとなる軍人が発生してしまう。
アメリカと日本は協議の上、核を2発、東京に落下させるという結論に至る。

東京は真の意味で「崩壊」した。東京に残っていた人と人喰いはほぼ死に絶えた。
現在は米軍が残りの人喰いの掃討作戦をしている。

そして首都は急遽、東京から京都に一時的に移されることとなった。

東京から隣件に人喰いの感染が拡大を防ぐため、東京と隣件を結ぶ国道は全て封鎖、
軍人が監視することになっている。


・・・


岐阜県某所 民家


テレビ画面には無音で白バックに青い文字が延々と映し出されていた。


「緊急放送。狂乱型ウイルス感染防止の為、建物の中で静かに待機ください。
 感染者は物音に反応します。また外には決して出歩かないようお願いします」 


そのテレビのある居間では、母親と見られる人物が、その子供にはらわたを食い千切られていた。

 

 

 

 

 

END